3章 戦歌姫(ウォーシンガー) 「(ぱく)・・・おいしくない。」 「(もぐもぐ)・・・(がつがつ)」 「(もぐ)・・・もういらない。」 「(ぐびぐび)・・・なんだ、食わないのか?」 「味がない。」 「ああ、米軍とかのレーションも似たようなものだったな。まあ、あれば食べ過ぎないようにわざとまずいものにしてるらしいが。」 「なんで食べられるの? 味音痴?」 「いや、確かに味のない麩菓子みたいな感じだが、腹は膨れるしな。」 妖精の輪で転移した俺達を待っていたのは、その出現場所がわからない事よりも、食事の問題だった。長距離の移動に備えてマジックバッグには食糧合成用に素材アイテムが入れてあり、メニューから作れば食糧にはなる。ただし、上手そうなピザやハンバーガーが出来上がったとしても、すべて味の無い麩菓子のようなものだった。妖精の輪での転移先がわからない山の中という不安要素に加え、味の無い食事で飢えをしのがないといけないのだ。俺はサバイバル生活をやったことがあるので、こんな環境は大したことないのだが、リアンは辛そうに見える。俺はマジックバッグからリンゴを取り出すと、素手で真っ二つに割った。やはり元の自分より、今の肉体の方が筋力が高いらしい。筋力偏重ビルドがこんな所で役に立つとは。 「(しゃり、もぐもぐ)・・・これ食ってみろ。」 俺は半分になったリンゴの片割れをリアンに差し出した。 「(じー)」 「いいから食ってみろって。」 「(しゃり、もぐもぐ)・・・おいしい。」 リンゴをはじめとする果物は普通に果物の味がした。これはしばらく貴重品になりそうだ。あと塩があるので、味の無いやつにもこれをそれなりにかければ塩味になった。 サブ職業が罠師なのを幸いに、残ったリンゴの芯を餌に罠を作ってみた。1時間ほど後でウサギが捕獲できた。しかし、解体しようとするとリアンがパニック状態になった。しかたなくウサギは逃がしてやることに。 「おい、リアン。」 「こ、怖がってなんかないんだからね!」 「・・・まだ何も言ってないぞ。」 「怖いわけじゃないんだから。可哀想と思っただけだからね!」 「あー、はいはい、わかったよ。」 異世界とはいっても、ウサギは可愛い。ロコがウサギを解体すると言った時、頭の中がぐちゃぐちゃになった。恐怖と焦燥と悲壮が同時に襲ってきた。自分でも信じられないほど喚き散らした後、ロコはウサギを逃がしてくれた。頭の整理がつかず、ネガティブな妄想だけがぐるぐると回っている。 一晩悩んだ後、ロコと話し合い、山菜やキノコといったもので食糧の節約をしようということになった。私のサブ職業は薬師だから、食べられるかどうか、多少は判別できる気がした。 「ライラさん、しっかりしてください。私の声が聞こえますか?」 知った声が私を呼んでいた。全身がだるくて仕方がない。本当にだるいの。歩けば転倒し、起き上がろうとしてバランスを崩し、呼吸するのも声を出すのも疲れる。死ぬ間際ってこんなのかな。でも走馬灯は見えてないけど。仕方なく私は目を開けた。 「よかった、気が付いた。」 「何、鈴木さん、泣いてるの?」 眼鏡をかけた中年男。その目じりには、はっきりと涙の後があった。 「もう、疲れてるんだから。後5分寝かせて。」 「はい・・・って、そんな場合じゃないでしょう。妖精の輪で飛ばされてから、現在地もわからない森の中なんですから。さっきみたいにゴブリンに襲われたらどうするつもりですか。運ぼうにも今の私にはライラさんが重すぎて引きずることもできない・・・いやいや、体重の話じゃないですよ。なんか筋力が全然ないんですよ。これってアバターの設定で筋力に割り振らなかったせいですかね。でも私のせいじゃないですよ。だってなんかゲームと現実が混ざったような世界ですし・・・」 「鈴木さん、うるさい。そんな喚き散らしたらゴブリンが寄ってくるんじゃないの?」 「うぐ」 倦怠感で動けない私の側で、鈴木さんがあたふたしている。疲れて頭が働かないのか、ぼーっとするしかなかった。これは何かの病気なのだろうか。 「おい、あんたらも妖精の輪で飛ばされたパターンか?」 聞きなれない野太い声がした。そこに居たのは鎧を着た大男だった。目を凝らすとステータスが見えた。ということは、この人も私たちと同じ冒険者なのだろう。今の私にはその男の職業が守護戦士であることぐらいしか読み取れない。 「あぁ、これぞ天の助け!! すいません、私の連れが具合を悪くしてまして。もし薬か何かあれば分けていただけないでしょうか。」 鈴木さんがペコペコと頭を下げている。 「リアン、ちょっと見てやってくれないか。」 「うん。」 大男の影から女の子が現れた。銀髪に赤い瞳をしていた。恐る恐る近づいてくるその挙動に、ウサギみたいだと思ってしまった。彼女の横にあるステータスウィンドゥには「霊媒師」とある。あれ、そんな職業あったっけ? 「どうだ?」 「HPは最大。バッドステータスはなし。一応、ヒールもリムーブ・バッドステータスもかけてみたけど効果なし。でも、体温高いし、具合が悪いようにしか見えないよ。」 「なあ、あんた、彼女はどうなってるんだ?」 「それが私にもさっぱり。ライラさんが言うには、体が思うように動かせないそうです。」 「う〜ん、疫病か何かか? でもそれならバッドステータスになるはずだしな。」 私の頭の上で、話が進んでいた。 「あ、自己紹介がまだでしたね。申し訳ありません。私はターロ。ターロ・ベルツリー。召喚術師です。こっちはライラ。ライラ・ノルン。吟遊詩人です。」 「おう。俺はロコ。見てのとおりの守護戦士だ。こっちはリアン。リアン・カルネ。職業は霊媒師。まあ、スキルは神祇官と同じと思ってくれればいい。」 「・・・よろ。」 リアンと紹介された赤い瞳の女の子は、ロコと名乗った守護戦士の影に隠れるような挙動でつぶやくように挨拶した。たぶんリアルじゃ引っ込み思案なんだろう。私は昔の自分を思い出した。 「ライラ? ・・・ライラ・ノルン? 金髪縦ロール、吟遊詩人でサブ職業は・・・アイドル? ・・・まさか・・・」 なに? なんなのこの流れ? ロコさん、なんか顔が怖いんですけど。 「おい、ベルツリーさんよ。」 「あー、はいはい? あ、ターロで結構ですよ。」 「じゃあ、ターロさんよ。この姉さんは、”戦歌姫(ウォーシンガー)ライラ”じゃないのか?」 「・・・おお! ご存じなのですか?」 「聞いたことがある。吟遊詩人でレイドチームを率いたエルフの金髪縦ロールがいるって話を。妙に盛り上がっているBBSがあった。ただの内輪ネタだって話だったが、異様に盛り上がっていたらしいな。」 「いやー、こんなところでご存じの方に出会うとは。何か運命を感じますな。いや、私はライラさんのマネージャーみたいなものでして。まあ、サブ職業は交易商人なんですけどね、レイドではサブリーダーもやらせてもらいましたので、軍師に切り替えてもいいかなーとは思っております。それで」 「鈴木さん、うるさい。」 「あ、失礼しました。ところでロコさん、リアンさん。このような状況に詳しい知り合いとかいらっしゃいませんか?」 「知り合い? ああ、そういえばゲームの時と同じく念話ができるんだったな。」 「ええ、ですが、私の知り合いはほとんどこっちの世界にはいないらしく、フレンドリストは真っ暗なんですよ。」 「わかった。こっちの知り合いをあたってみよう。リアン、お前も・・・」 リアンはほっぺをふくらませ、泣きそうな顔でロコの腹にパンチをお見舞いし、そっぽを向いた。あれれ? どういうこと? 「あー、すまん。そんな怒るなよ。」 「・・・怒ってないもん。」 ロコの大きな手がリアンの頭を撫でる。 「悪かったよ。泣かないでくれ。」 「・・・泣いてないもん。」 ああ、この流れ、なんか癒される。そっか、たぶん、リアンちゃんのフレンドリストはほとんど空なんだね。 「・・・おう、久しぶり。ああ、こっちはサバイバル生活真っ最中だ。ところで聞きたいことがあるんだが。ああ。HPもMAXでバステもないのに動けないか、動きがおかしいようなことになっている奴を見たことないか?」 ロコさんが念話で友人と会話しているのが聞こえる。正直、なんとかならないのかな、このだるいの。 「・・・何? 似たような奴がいた? ふむ、暗殺者? ソロの奴? それで? ・・・リアルとアバターの差? 俺も差は大きいけどもう馴染んだけどな。・・・外観再決定ポーション? ほう、そんなことが。わかった、ありがとう。」 なになに? 光が見えたー? 「どうでしたかロコさん。何かわかりましたか?」 「ああ、俺もにたような感覚があったから、これが近いみたいなんだが。」 「どういうことですか?」 「これはアキバにいたソロの暗殺者のキャラの話らしいんだが、もともと威風堂々としたキャラだったのに、こっちに来て挙動不審なところが目撃されたらしい。後になって、そのソロの暗殺者は、アバターとリアルの自分の差が大きすぎるのが原因で、まともに動けなかったらしい。」 「ほほう、それで?」 「で、外見再決定ポーションで再調整したらしい。まあびっくりされたらしいが。」 「何がびっくりだったんですか?」 「リアルとアバターの性別が逆だったんだと。あと体格も極端に違うものだったらしい。」 「ほほう。なるほど。しかし、外観再決定ポーションですか。今じゃちょっとしたレアアイテムですね。」 「だよなー。一応確認しとくが、ライラさんのその外見と、リアルじゃ差があるのか?」 「あー、そうですね。確か身長設定が10cmほど違っていたと思います。後確か胸が、ブハァ、あwせdrftgyふじこlp!!」 私はとっさに鈴木さんに石を投げていた。後頭部に直撃を受けた鈴木さんがうずくまる。そこから先は乙女のトップシークレットだっつーの。 「10cmか。だとすると案外正解かもな。だけどこんな山奥じゃどうしようもないな・・・。」 リアンちゃんがロコさんの袖を引っ張っていた。 「? どうした?」 リアンちゃんは満面の笑みでポーションを握った手を突き出した。キラーン。 「お?」 「そ、それは外観再決定ポーションじゃないですか!」 「持ってたのか。さすが薬師だな。」 ああ、救いの女神がここにいた! 「さあ、これを。」 鈴木さんが私を抱き起し、ポーションを飲ませてくれた。これで楽になれる・・・と思ったのは間違いだった。まず視界が虹色になって渦を巻き始めた。バキバキと内側から響く奇妙な音とそれに伴う激痛。嘔吐したくてもできない二日酔いのような感じが何度も襲ってくる。手足の感触がなくなり、自分の手がどろどろと溶けていくように見えたところで、私は気を失った。 「ライラさん、しっかりしてください。私の声が聞こえますか?」 「リアン、もう目を開けていいぞ。落ち着いたみたいだ。」 猛烈に怠い。でも呼吸は楽で、変な体の重さも消えていた。 「しかし、あれだな。」 「あー、そうですね。」 「どこぞのホラー映画も真っ青だったな。」 「あー、極色彩でしたけどね。」 「・・・」 「・・・」 「何よ?」 「・・・その姿、あんたのリアルに近い状態だよな?」 そういわれて自分の体を見回した。確かに見慣れた手足だ。ロングの髪も黒だし。・・・黒! 確かにリアルは黒髪だけど、これじゃエルフキャラのイメージが・・・。がーん。 「黒髪エルフか・・・有りだな。」 「あー、そうですね。」 「レアだしな。」 「そうですね。」 男どもの意見はさておき、リアンちゃんに聞いてみた。 「そうなの?」 「・・・黒髪、綺麗。」 ま、いっか。 |
【解説】 ・「リムーブ・バッドステータス」・・・神祇官の「大祓えの祝詞」です。訳の正確さについてはご容赦を。 |