妖精竜の花嫁
〜Fairy dragon's bride〜


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4−18 決戦と決着

 一気に上昇する気温。森の中で育ったフォスにとって、ここはまさに地獄だった。熱で頭が朦朧とし、次元の門を開くための計算と精神集中ができない。地面全てが溶岩に変化を初めており、アヤカとケンジは完全に逃げ場が無くなった。溶岩の魔神は、溶岩弾の発射をやめた。どうやら、2人と1匹が蒸し焼きになっていくのを眺めることにしたようだ。

Side.アヤカ

 人狼達を連れて魔神を捜索する前に、フォスと私は妖精王国に立ち寄っていた。この寄り道は私が言い出したことだった。

『ここに何の用があるんだ?』

 少し歩いて、森の中にある湖にやってきた。水は完全に透明と言っていいほど澄んでおり、植物と大地から放出される粒子の量が桁違いの場所だった。

「(ちょっと試しておきたいことがあるの。)」
『試す?』
「(まあ、見てて。)」

 私は目を閉じ、軽く腕を広げるように立つと、周囲の粒子を吸収し始めた。フォスの小さな体ですら、大量の粒子を吸収しているのを見た。じゃあ、自分がやったらどうなるのだろう?
 心を静な水面のように穏やかに保ちつつ、空っぽの器に水を注ぎこむように粒子が自分の中に流れ込んでくるのをイメージする。

『・・・おぉ!』

 フォスの感嘆の声が聞こえたが、今は無視する。以前、粒子を吸収した後は、1日以上、お腹が空かなかった。フォスが言うには、この粒子吸収は、食事と同じだという。自分で吸収しきれる限界までため込んでみる。そして私は、無尽蔵に体力が湧いてくるような感覚を覚えた。フォスは、この吸収した粒子を食事としてだけでなく、竜の雫を作ったり、瞬間的に加速したり、飛行したりすることに使っているらしい。今の私なら、同じようなことができると思った。
 途中からできるようになった『加速』。周囲がスローモーションのようになり、自分だけが凄まじい速度で動くことができる。最初の頃は、数秒間、加速するたびに頭が朦朧とするほどの疲労に襲われた。それからは加速の強度を調節する訓練をするようになった。粒子を吸収できるようになってからは、当初では考えられないほどの強度で加速し、しかも疲労を感じることなく10秒近く維持できるようになった。そして限界まで吸収した粒子をつぎ込めば、より強度の高い加速ができると考えた。


Side.フォス

 体の水分が失われていく。意識を集中させることができず、次元の門を開くことができない。俺は飛んでいるから影響無いが、地面全てが溶岩と化してしまえば、アヤカとケンジは焼き殺されてしまう。溶岩のドームの天井に空いている穴。そこから出ることは容易だろうが、明らかにそれは罠だった。壁から無数に発射される溶岩弾。穴から出ようとすれば、確実に溶岩弾の集中砲火を浴びるだろう。状況は完全に手詰まりだった。

『・・・すまないアヤカ。俺にはもうどうすることも・・・』


Side.ケンジ

 最悪だ。溶岩の壁に囲まれた時点でも最悪だったが、今は地面全てが溶岩に変化を初めている。人狼形態の俺は、手足が切断されるような重傷でも再生できる。だから、溶岩に突っ込んで炭化した足は、時間があれば回復できるのだ。時間があれば。だが、今はそれも無理だ。全身が炭化してしまえば、すなわち死なので、再生はできない。この状況、俺には打つ手がなかった。クソッタレ!!

「ケンジ、ちょっと足場になってくれない?」
「・・・何か策でもあるのか?」

 俺はアヤカの腰を掴むと、肩に乗せた。地面は完全に溶岩と化し、焼けていく俺の足は、すさまじい激痛を脳に送ってくる。この窮地さえ脱出できれば、俺は足を再生できるが、アヤカはそうはいかないだろう。耐火仕様のブーツを履いているらしいが、溶岩の上は歩けないだろう。ならば俺が支えてやるしかない。アヤカに策があるのなら、それにかけてみるしかない。

「おっと。」

 足首から下が炭化し砕ける。俺はバランスを崩して左手をついた。手の毛皮に火がつき、肉と骨が焼けていく。アヤカは俺の肩の上で意識を集中しているようだった。後、何分持つかわからないが、この程度の苦痛、耐えてやろうじゃないか!


Side.アヤカ

「(まだ、やれることはあるわ!)」
『え?』

 私は1つだけやれそうなことを思いついた。加速中は音が消え、周囲が暗くなる。これは加速することで音や光の伝達が、通常よりも遅くなることが原因だ。なら熱はどうだろうか? 瞬間的ならこの耐火ブーツは溶岩の壁を蹴ることができた。普段やっている加速をはるかに上回る超加速をすれば、水面を走るように溶岩の熱にやられるまえに、魔神の前に到達できると思う。そして、剣でダメージを与えられない魔神をどうやって倒すのか? どうせ失敗したら3人とも溶岩に飲まれるだけだ。なら思いついたことを全部やろうと考えた。

「ケンジ、ちょっと足場になってくれない?」
「・・・何か策でもあるのか?」

 ケンジが私を肩に乗せてくれる。私は目を閉じ、超加速を行うために意識を集中し始めた。体内に蓄えた粒子を全て加速に回す。炎が渦を巻くように体内で粒子の流れを高める。
 途中、ケンジがバランスを崩した。足は完全に溶岩の中に入っており、熱で足が焼けていく臭いがする。バランスを崩した拍子に手をついたようで、その手も焼け始めた。それでもバランスをとって私を落とさなかった。

「行くわ!」

 肉声でフォスとケンジに声をかけると、超加速に入った。周囲が一気に薄暗くなり、音が消え、臭いが消える。蠢く溶岩は、その波打っていた表面が止まって見える。そして、熱も感じなくなった。ケンジを蹴って魔神へ向かってジャンプ。途中で着地してしまうが、そのまま溶岩の上を走る。私が踏んだところだけ溶岩の形が変わるが、熱は感じない。

「(これなら行ける!)」

 魔神の前に到着すると、グラヴィトンを振り下ろし、縦に真っ二つにした。この程度ではすぐに元に戻るだろう。それなら!!

縦に切る。

横に切る。

斜めに切る。

縦に、横に、斜めに、縦に、横に、縦に、横に、斜めに、斜めに、斜めに、斜めに、縦に、横に、縦に、横に、斜めに、斜めに、斜めに、斜めに、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る!!!!

 魔神の体が2〜3センチほどの小さな破片になるまで、細かく切りまくった。超加速中なので、相手は復元できない。さらに破片を1センチ以下になるまで切り刻む。そこまでやると、頭痛と吐き気に襲われた。どうやら超加速の反動が来ているみたいだ。その苦痛を無視し、さらに魔神を切り刻む。魔神の体が文字通り粉々になるまで切り続け、超加速を解除した。

 光と音と臭いと熱が戻ってくる。そして、

パァン!!!!

 切り刻んでいる間にため込まれた運動エネルギーが一気に解放され、粉々になった魔神が吹き飛ぶ。一瞬、間があった後、溶岩のドームは崩れ落ちた。咄嗟に天井にある穴の真下に跳ぼうとするが、足が動かなかった。それどころか、呼吸もできない。耐火マントで頭を防御しようとするが、腕が動かない。超加速の反動なんだろう。今度は自分が動けなかった。上から溶岩の雨が振って来る。


Side.ケンジ

 俺の肩が蹴られたと思った次の瞬間、溶岩の魔神が粉々になって消し飛んだ。そして溶岩のドームが崩れ始める。

「あいつ、やりやがった!」

 一瞬。文字通り一瞬で魔神は粉砕された。俺たちを囲んでいた溶岩のドームが崩れ去ろうとしてることが、魔神を倒した証拠だろう。

「お」

 声をかけようと思ったところで、アヤカが溶岩の地面に倒れていく。

「んなろぅ!!!!」

 その時の俺は、両足は膝まで、左腕は肘まで炭化して動けない状態だった。残るは右腕。だから右腕で地面の溶岩を力いっぱい殴りつけることで、アカヤの方へ跳んだ。溶岩を殴ったことで指が何本か焼けたようだが、知ったことか。
 空中で腕を振り回し体を回転させる。そして右腕1本でアヤカを正面に抱き込むようにし、降ってくる溶岩の雨を背中から通過した。

「ガハァ!!」

 背中と後頭部の火傷に、さすがに呻き声が出た。アヤカの脇から後頭部に腕を回し、頭を打たないようにガードしつつ、地面を転がる。他の連中なら気絶しているようなダメージだが、それでも俺は意識を失わない。地面を軽く抉って回転が止まった。
 アヤカは気絶しているようだ。ただ、無傷とはいかず、頬に火傷がある。俺はアヤカを右腕だけで横たえる。俺の右手の指は3本が、あらぬ方向を向いていた。

「グッ!」

 曲がった指に噛み付き、強引に方向を戻す。その痛みが治まると、ようやく再生が始まった。右手の指はすぐに動くようになる。両足と左腕は、再生する肉に押されて、炭化した部分がばらばらと剥げ落ちていく。

「ケンジ!」

 散らばっていた仲間が駆け寄ってきた。

「おう。」
「大丈夫・・・じゃなさそうだな。治るのか?」
「ああ。俺を誰だと思ってる?」

 苦笑する仲間たち。

「おい、なんか食い物を持ってないか?」

 再生には膨大なエネルギーが必要だ。それを支えるのは食事。空腹だと再生するまでに時間がかかる。

「なんか探してくる。」

 護衛を2人残して、他の仲間は四方に散った。


Side.フォス

 アヤカがケンジの肩から飛んだ直後、魔神が粉々に吹き飛んだ。その途中は全く知覚できなかった。たぶん、あらかじめ蓄えておいた粒子を大量に消費したのだろう。だが、ほっとする暇はなかった。溶岩の上へ倒れ込むアヤカ。さらに溶岩のドームが崩れ始めた。制御されない状態であっても、超高温の雨だ。今度こそダメだと思った瞬間、ケンジは腕一本で跳躍。途中で上手くアヤカを抱き込んで溶岩の雨を貫通する。俺もとっさにドームの中心へ高速移動し、溶岩の雨を回避した。

 魔神が操っていた溶岩がゆっくりと冷えていく。人狼達が集まってきた。ケンジの左腕と両足が失われているが、それでも意識を失っていないらしい。人狼としては若いが、この規格外の再生能力が、群れのリーダーたるゆえんなのだろう。

 アヤカは頬に軽い火傷を負っている以外は、目立った外傷はなかった。ただ、無理な加速をした反動で気絶しているようだった。この程度なら、後で竜の雫を飲ませれば問題ない。

『・・・』

 故郷の敵である魔神を倒した。予想していたとはいえ、この戦いでは俺は何もできなかった。それどころか、足手まといですらあった。流動体の溶岩で体を構成していた魔神。俺には対抗手段が思いつかなかった。そこにアヤカは斜め上を行く行動で魔神を粉砕。そう、文字通り”粉砕”したのだ。
 アヤカを助けてくれたケンジ。その精神力と再生能力には敬意を抱かざるを得ない。アヤカはこいつを仲間にすると言った時、俺は正直、嫉妬していた。戦闘になったら、見張りぐらいしかできない俺に対し、肩を並べて戦うことができる。だが、この戦いを見て、嫉妬の感情は消え去っていた。

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