4−16 それぞれとそれぞれ Side.マコト 土曜のお昼時、私は行きつけになっているファミレスを訪れた。ここは高校時代に友人になったクラスメイトがバイトをしているところであり、彼女との交流はここを通じて細々と続いていた。定位置になりつつある席に行こうとすると、その1つ奥の席に見知った顔があるのに気づいた。 「あら、ケンジ。何やってんの、こんなところで?」 そこにいたのは「尾上 建志」。私より3歳年下で、いわゆるお隣さんだった。ケンジは近所の悪ガキのリーダー格で、留守にしがちな彼の親のかわりに、自分が怒る役目だった。私が中学に上がってからは、いっしょに遊ぶということは無かったが、家が隣なので、朝夕に顔を合わすことはよくあった。私はそのまま。ケンジの向かいに座る。 「くっそ、なんだよマコト姉。こっちくんなよ。」 「あら、誰に向かってそんな口を聞いてるの?」 ケンジはそう言いながらそっぽを向いた。幼いころに構築された力関係は今でも有効で、ケンジは私に頭があがらない。実際、ケンジの親が不在の時に、ケンジが熱を出し、学校を休んで看病したことがあった。そのあたりから、悪ガキだったケンジは、私の言うことをそれなりに従ってくれるようになった。なので今、邪見な態度を取りつつも、それ以上文句は言ってこなかった。 「あ、すいませーん、注文お願いしまーす。」 「はーい。」 奥から声がして、ウェイトレスが一人出てきた。白沢さんだった。今日も緑のエプロンドレスが似合っている。高校を卒業してからもバイトを続けており、もはやこのファミレスの看板娘といっても過言ではない。実際、客の男の半分ぐらいは、白沢さんの動きを目で追っており、にやけた表情をしているものが少なくなかった。まあ、あの容姿ならモテるのはわかる。 「久しぶり、白沢さん。」 「久しぶり、委員長。」 「もう委員長じゃないんだけど。」 「あ、ごめんなさい。・・・注文をお伺いします。」 「えっと、今日のドルチェのセットは?」 「苺のタルトになります。」 「じゃあ、カルボナーラと、ドルチェのセット、ミルクティーのアイスで。」 「畏まりました。」 ポチポチと携帯端末に注文を打ち込む白沢さん。 「ところで木野崎さん、ケンジとは知り合いなの?」 ケンジのことを指さす白沢さん。 「え?」 「え?」 「え?」 Side.ケンジ 「あら、ケンジ。何やってんの、こんなところで?」 マコト姉だった。冷や汗をかきながら、瞬間的に走馬燈が走る。彼女は俺の家の隣に住んでいた一家の長女で、幼い頃、よく面倒を見てもらっていた。面倒見がいい上に気が強く、近所の悪ガキどもによく鉄拳制裁をしていた。ちなみに、その悪ガキというのは俺のことだ。年齢差もあって、マコト姉には未だに頭があがらない。マコト姉は断りもなく俺の前に座る。 「くっそ、なんだよマコト姉。こっちくんなよ。」 「あら、誰に向かってそんな口を聞いてるの?」 チッ、勝手にしやがれ。人狼として覚醒し、群れの中で一番の実力者である俺だが、染みついた習性というか習慣で、マコト姉にはなぜか逆らえなかった。変身すれば瞬殺できる実力があるはずなのに・・・。 そしてつい先日。また女に負けた。だが、今回は完全に実力で負けていた。肉体のポテンシャルを最大限に引き出せる人狼形態だったのに、それを上回るスピードと身体能力。加えて、長さ60cmほどしかないのに、人狼形態で体重100kgを超える俺を殴り飛ばせるパワー。極め付けは人狼形態での再生能力を封じるあの”串刺し”だ。あの剣は軽々と振り回されたくせに、俺に刺さっている間は全く動かせなかった。群れの中で最強の再生能力を持つのが俺だ。これにより、様々な敵と互角以上に戦ってきた。だから、あんな手段で再生能力を封じられるとは思ってもみなかった。 そして俺を打ち負かした二人目の女が目の前にいる。フリルの付いたヒラヒラの服を着て、注文をとったり料理を運んだりしている。見た目に反して、その足運びや重心のぶれない動きは、それだけで只者ではないとわかる。しかし、綺麗な黒髪だな・・・。 「ところで木野崎さん、ケンジとは知り合いなの?」 「え?」 「え?」 「え?」 はぁ? マコト姉と知り合いなのか? 「こいつはお隣さんなの。私より3つ下。」 こいつって言うな。 「白沢さんは、こいつとどういう関係?」 「・・・えっと・・・下僕とか舎弟ってとこ?」 俺の方に聞いてくるんじゃねぇよ。 「はぁ?!」 思わず声が大きくなるマコト姉。うるせーよ。 「・・・ひょっとして、この馬鹿と付き合ってるの?」 おい、そこ。目をキラキラさせながら言ってんじゃねーぞ。 「すいませーん、注文お願いしまーす。」 「あ、はーい。」 アヤカは小さな声で「後で」というと、注文を取りにいった。 じー じと目で俺を睨むマコト姉。 「何だよ、文句があるならあいつに言えよ。」 「で、付き合ってるの?」 「・・・」 「まあいいわ。じゃあこれだけは言っておくね。白沢さんに手を出したら承知しないからね。」 「へーへー。」 もう手は出している。コテンパンにやられたけどな。俺が人狼だということはマコト姉は知らない。当然、アヤカと戦ったことなど、話せるわけない。マコト姉は普通の人間だ。だから、巻き込むわけにはいかない。これは義理とかではなく、人間を巻き込むと群れの存続にも影響を及ぼす可能性があるという理由からだ。 Side.サトル ケンジと群れのみんなは、あのアヤカとかいう女に従うことは異論無いと言っていたが、俺は違う。こら、そこ、一瞬で負けたとか言うな。あんなのまぐれに決まっている。そしてそれを証明するために、俺は呼び出されたケンジの後をつけて河原まで来ていた。アヤカという女とケンジは、5mほどの間を開けて向かい合っていた。ケンジはいつものジーパンにジャケットという恰好だが、アヤカの方は何故かジャージだった。 「じゃあ、始めましょうか。」 「あの剣は使わないのか?」 「ええ。一応持ってきているけど、今日はあれを使わないで、どこまでできるか試してみたいのよ。」 「ふーん。」 「貴方こそ、変身しないの?」 「武器を使わないお前になら変身しなくても問題ない。」 「そう。」 次の瞬間、5mの間合いは0になっており、アヤカの拳がケンジの頬を掠めていた。人狼でも無いのに、アヤカの動きは凄まじく速かった。他の連中なら顔面に1発入っていたところだ。ケンジは紙一重で交わしたようだ。まあ、俺なら余裕だけどな。 ブン! パシ! ガシ! 空を切る拳とそれを止める時に発生する僅かな衝突音。二人がやっているのは組手だった。ただし、型も何もない素人の喧嘩組手だ。・・・ケンジの奴は全然手を出さない。余裕かましてるな、あいつ。アヤカはバックステップで間合いを離した。ケンジは追撃しない。 「なんで攻撃してこないの?」 「けっ、女に手は出せるかよ。」 「・・・じゃあ、この前のは何?」 「・・・ふん、知らねえな。」 「・・・そう。」 次の瞬間、ケンジは宙に舞っていた。地面に落下して3mほど滑る。最初の間合いを詰めるところは、俺も見えていたが、今回はほとんど見切れなかった。なんだ、あの女。どこまで底知れないんだ。アヤカは冷たい目でケンジを見下ろしていた。ケンジが足を振り回して一瞬で立ち上がった。 「てめぇ、女だと思って、てかブハゥ!!」 台詞を言い終わる前に、ケンジの頬にアヤカの拳がめり込んでいた。ケンジが再び宙を舞う。よし、ここで俺の出番だな。俺は物陰から出て行って、アヤカとケンジの間に立った。 「よう。そこの弱虫は相手にならないだろう? 俺が相手してやるよ。」 くいくいと手招きする。ケンジとの差を見せつけるためにも、ここは変身しない。右足を引き、半身の構えをとる。この女の武器はスピードだ。本気を出せば見切れないことはない。躱してカウンターを軽く一発入れてやる。 「・・・そう。」 アヤカが冷たくい放つ。きやがれ! 「ブフォ!!!」 気が付いたら鳩尾に一撃をもらっていた。肺の空気が押し出され、視界が暗転する。 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ 「うぉぉ!」 俺は意識を取り戻した。いっしょについて来ていた仲間が俺を見下ろしていた。 「大丈夫か?」 「お、おう。」 「なあ、俺もう帰るわ。あんなのについていけねぇよ。」 改めて河原を見る。ケンジは変身しており、フルパワーの人狼モードだった。変身中のケンジはデタラメな再生能力を誇る。だから見た目はノーダメージだ。対するアヤカの方はというと、ジャージのあちこちが破れている。爪が振り抜いたように裂けているところもある。頬にも掠ったような傷跡があった。二人は姿が霞むような速度で攻防を繰り返していた。拳や蹴りが空を切るブンという音。素早い立ち回りよって砂埃が舞う。ケンジが再生能力に物を言わせる”喰らいカウンター”を狙おうとすると、一撃入れたアヤカはすぐに間合いを放す。ケンジが間合いを詰め、鉤爪の突きを放つ。アヤカは一歩踏み込んでその腕を掴むと、体を反転させてケンジを投げ飛ばした。変身中のケンジは体重が100kgを超えているはずだが、柔道か合気道ように相手の勢いを利用しているのだろう。ケンジは宙を舞うが、空中で体を捻って体勢を立て直して着地する。そこへアヤカが槍のような蹴りを入れる。ケンジはその蹴りを左腕で受けつつ、右手で掴む。そのまま体を一回転させてアヤカを振り回すと、力任せに地面に叩き付けた。 「がはっ!」 アヤカの口から悲鳴ともとれる吐息が聞こえる。ケンジは再度振り上げて、もう一度アヤカを叩き付ける気だったが、振り上げた拍子にアヤカの足がすっぽ抜けた。見るとケンジの右手の指が3本ほどぐしゃぐしゃに曲がっている。アヤカはそのまま落下するのではなく、腕を延ばして地面に手をつき、足がつくと同時に瞬時に間合いを離した。 「ガルルルルルルッ!!!」 「はあああぁぁぁぁ!!!」 おい、ちょっと待て。あいつら本気、というかバーサーク状態か? よし、ここは俺様が華麗に割って入って止めてやるか。俺は二人の間に入ると、両手を広げて制した。 「お前達、そこまぷげら!」 左右から同時に拳が俺の頬にめり込む。 「あ!」 「あ!」 あ、じゃねーよ。セリフ被ってんじゃねーよ。お似合いかよ。俺の意識は暗転した。 Side.妖精騎士団長 あの妖精竜と人間の女が、再び妖精王国を訪れた。目的は人間の女が使う鎧の受け取りだった。我ら妖精騎士団が使用する鎧は、皮鎧に樫の木を削ったものを急所を守るように組み合わせるというものだ。軽くて動きやすい上に、部分的には金属鎧に匹敵する防御力を持つ。彼らは炎の魔神と戦うと言っていたはずだ。だが何故、妖精騎士の木と皮の鎧を使うのか? その疑問を妖精竜にぶつけてみた。 『アヤカはスピード重視だからな。それに別の所で耐火仕様に強化してもらうから大丈夫だ。』 「耐火仕様? どこでそんなことを?」 『知り合いのドワーフの所だ。』 「・・・そのドワーフとは、あの剣を作った奴のことか?」 妖精竜の同行者である人間の女。相変わらず愛馬の鼻面を撫で、リラックスした表情をしている。その腰に吊るした剣は、小型ながら禍々しい力を放っていた。森を汚すような邪悪さは無いが、妖精郷とは合い慣れない物に思える。そして、それよりもその人間の女が、以前会った時とはまるで別人のような雰囲気になっていることが気になった。私が感じ取れるのは、その人間の女が、限りなく我らに近い存在に思えてしまうのだ。人間のはずなのに、何故、妖精女王と同じ雰囲気を持っているのか? これについては妖精竜の力によるものだろうと推測している。次元の門を開けるだけでも驚愕ものだが、それだけではあるまい。妖精竜は妖精界に属するものだ。いずれ聞き出すとしよう。 Side.ガルド 「ぷは〜、もう1杯くれんか?」 『残りは仕事が終わってからだ。』 「むう。」 あのフェアリードラゴンとヒューマンの女が訪ねてきた。今度は鎧の強化をして欲しいという。前払いに酒を1杯。この酒は前のとは違う奴だった。また、わしの喉を唸らせる酒ばかり持ってきおって。 『で、こいつなんだが、・・・できるか?』 フェアリードラゴンが持ち込んできたのは、鎧を耐火仕様にするというものだった。 「なんじゃこいつは? 革はいいとしても木でできとるじゃないか。」 わしの住んでいる所は火山の近くなので、木はあまりない。だがこの木の鎧は、軽い割に打撃、斬撃には強そうだ。 『で、できないのか?』 「うーむ、木の鎧なんぞ初めてじゃな。」 『・・・無理ならいい。他を当たるから。』 フェアリードラゴンがそう言うと、ヒューマンの女は酒瓶をカバンに仕舞った。 「待て待て。できんとは言っておらんじゃろ。だが、鎧の強化だけでよいのか?」 『どういう意味だ?』 わしはいつも使っている革の手袋とエプロンを差し出した。 「これは鍛治の際に使っておる耐火素材でできたもんじゃ。鎧を耐火仕様にするなら、手袋とブーツ、それにできればマントかケープもこういったものにしとかんとな。」 『アヤカ、どうだ?』 ヒューマンの女が頷く。 『ガルド、そいつらも頼む。』 「よかろう。で、報酬じゃが?」 『ああ。』 ヒューマンの女がカバンから酒を1本取り出す。これは先ほど味見させてもらった奴だ。じゅる。おっといかん、涎が。 『こいつは前金にする。』 ヒューマンの女がカバンからさらに酒を1本取り出す。さっきの酒は茶色に近い琥珀のような色だったが、今度のは黄金のような色をしていた。 『全部できたら、こいつを渡す。見てのとおりさっきのとは別の酒だ。』 「うほ〜、よかろう。」 わしは等間隔に印がついた紐を取り出すと、 ヒューマンの女の身長、肩幅、手の大きさ、足の大きさを素早く計る。 「1日くれ。わしに任せておくのじゃ。」 『わかった。また来る。』 フェアリードラゴンの返事もそこそこに、工房の奥へ走った。 「金属以外の防具を作るのは久しぶりじゃが、あの素材なら大量に確保してあるからの。」 わしの住んでいる洞窟の近くにある火山には、サラマンドラという魔神が住んでおる。こいつらは大きなトカゲといった風体だが、溶岩の中を平気で泳ぐ。そしてこいつらは定期的に脱皮をする。わしはその抜け殻を譲り受けているのじゃ。これを薬液に浸して柔らかくすることで、布状の素材として利用できる。 サラマンドラは火を喰う。奴らはとても偏食らしく、溶岩の中で発生する特殊な炎だけを喰うのだ。わしはその火が、ある金属の高温燃焼と似ていることに気付いた。工房にある武器や金属製防具の削りカスをいくつか配合し、サラマンドラが好む火を再現した。これはサラマンドラ達に好評だったのじゃ。奴らの脱皮した皮は、これを対価に得たものなのじゃ。薬液に浸すと柔らかくなるだけでなく、長期保存もできる。 わしはストックしてある素材をふんだんに使い、手袋、ブーツ、マントを仕上げていく。それぞれは、サラマンドラの革を紐状に加工したもので編み合わせていく。これによってつなぎ目から燃えたりはしないのじゃ。 まずは手袋。これは薬液の濃度を変えて柔らかめにしたものを掌側、それよりも硬めにしたものを甲側にする。口の部分は前腕の中ほどまでの長さとし、手首をベルトで締めるようにした。 次はブーツ。実はサラマンドラの抜け殻は、薬液の濃度を変えて硬さを3種類にしたものを用意してあるのじゃ。一番硬いものをソールに、ブーツの基本部分を一番柔らかいものに、そして足首以外を中間の硬さのもので補強した。脛の部分はベルトを3本にし、すっぽ抜けないようにしてある。 次はマント。全体は柔らかいもので作ったが、フードや肩にあたる部分には、枠になるように中間の硬さのもので芯を入れてある。喉にあたる部分には、緊急時に備えてマスク状に引き出せる部分もつけてあるぞ。 最後に鎧じゃが・・・。これを作った奴には悪いが、革の部分は総取り換えさせてもらった。体の柔軟性を損なわないように柔らかい革をメインにし、一番硬いもので補強。木でできた部分は、外側に柔らかい革でコーティングすることにした。これで耐火性能は完璧じゃろう。 ぴったり1日後、フェアリードラゴンとヒューマンの女は鎧を取りに来た。手袋とブーツはサイズを計っていたとはいえ、微調整は必要だ。ズレや歪みを調整し終わると、フェアリードラゴンとヒューマンの女は、顔を見合わせて頷いた。 『ありがとう。いい出来だ。こいつは礼だ。』 ヒューマンの女がカバンから瓶を2つ取り出した。むぅ、片方はまたわしの知らん色の酒のようじゃ。わしはもはや涎が止まらんのじゃった。 |