4−15 尻尾と手 その日の夜、アヤカは眠れなかった。理由は簡単だった。フォスと出会って十年来、寝る時はフォスの尻尾を握っていることで安心して眠れていた。 『2〜3日留守にする。』 「(え?・・・そう。)」 その時は何気なく返事しただけだったが、その状況が自分にとってどういうものだったのか把握したのは、夜になってからだった。フォスの存在は、アヤカにとって空気だった。意識しないほど自然に存在するが、無かったら困るもの。そしてフォスが居ない夜、アヤカは眠れなかった。忘れていた嫌な光景が蘇り、感じたことのない恐怖が心を侵食していく。もしフォスが怪我をしたら・・・フォスが帰ってこなかったら・・・フォスが死んでしまったら・・・。思考がネガティブなスパイラルに落ちて行き、ぐるぐると回り始める。不安と緊張と恐怖が順番に襲い掛かり、アヤカはシーツを頭からかぶったまま、ガタガタと震えていた。 窓から差し込む光。一睡もできないまま、アヤカは朝を迎えた。その日、授業中に居眠りをするアヤカが目撃された。最初は驚愕していた周囲や教師も、そのあどけない寝顔に思わずほっこりしてしまうのだった。 Side.フォス 実に3日ぶりに具象界へ戻ってきた。炎の魔神の痕跡を追って魔界中をうろうろしていたわけだが、やはり一人では情報収集にも限界があった。やはり効率を上げるにはアヤカの言っていたように配下を用意すべきなのだろう。 と思って帰ってきたら、部屋には明かりもつけず、頭をフラフラと揺らして座っているアヤカがいた。 『ただいま。』 首だけこっちを向くアヤカ。目の下がひどく暗く見え、ひきつった笑みを浮かべていた。 「・・・ふぉす〜、ふぉす〜・・・」 『・・・おう、どうした? うぉ!』 アヤカはフォスの尻尾を掴む。しかも両手で。改めて確認すると、アヤカからは大量の粒子は放出されていた。黒、青、緑が多い。ほとんどが暗色系だった。恐怖、不安、絶望といったネガティブな感情がごちゃ混ぜになっているようだった。 ぱたり 『うぉ!』 アヤカはフォスの尻尾を掴んだまま倒れ込んだ。 すーすー アヤカは寝息を立て始めた。フォスの尻尾はしっかりと握られており、意識が無いわりに離されるような気配は無かった。 「・・・どこに・・・も・・・行っちゃ・・・や・・・だ・・・」 アヤカの寝言だった。今回、わざと2〜3日、帰らないようにしてみた。実際に調査にそれだけかかっているのだから、わざというわけでもないのだが。最近のアヤカは、加速能力を使いこなし、グラヴィトンを手に入れ、粒子吸収までできるようになった。平たく言えば”力を手にした”ということだろう。そして、そういう場合、自我の肥大と増長が始まる。手に入れた力によって全能感を得て、行動に抑えがきかなくなる。こんな状態で炎の魔神と戦ったら、おそらく瞬殺されるだろう。アヤカには一度、頭を冷やしてもらうつもりだった。 そして帰ってくるなり尻尾を掴まれた。普段から気を付けているはずの思考会話もせず、不安をごまかすかのように、幼児退行したような甘えた声。いきなりの昏倒に、アヤカが全然寝ていないを察した。アヤカと会って以来、必ず寝る時はフォスの尻尾を握っている。その習慣が崩れるとどうなるか。それがこの結果だった。 『これでアヤカの意識がリセットできるといいんだがな。・・・そろそろ準備に入るとするか。』 |