妖精竜の花嫁
〜Fairy dragon's bride〜


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4−13 狼と魔剣

「ぐはっ!!」

 血反吐をまき散らしながら、少年は鉄道の橋脚に叩きつけられた。重量をほぼ2倍の「倍重化モード」(約50kg)に増加させたグラヴィトンの一撃。しかも、臭いで探知される可能性を考えて風下から加速で接近した。気配を察知したのか、振り向こうとした所を横から殴りつけた。ほぼ完全な不意打ちだ。確実に片腕の骨を粉砕した手ごたえがあったが、アヤカはこの一撃では倒せてないと感じた。
 少年はふらふらと立ち上がりながら、変な方向に曲がっている左腕を無理やり真っすぐにした。

「やりがやったな、卑怯者め!」
「・・・ふーん、こそこそ覗いていたあなたは卑怯者じゃないの?」
「な!」

 夜中にやっている訓練が監視されているのは、アヤカもフォスも前から気付いていた。そのため、効果的かつ周囲からはわかりにくい動きで訓練するようにしていたのだ。アヤカは誰が監視していたのか知らなかったので、口から出まかせのつもりだったのだが、外れではないようだった。

ガルルルルルルルルルッ!!!

 少年が獣のような唸り声を上げる。全身の筋肉量が増加し、体格が一回り大きくなる。全身に剛毛が生え、顔の骨格が縦長に大きく変形。ほんの数秒で少年は直立二足歩行する狼の姿になった。折れていたはずの左腕は、その力の入りようから、すでに元通りになっているようだった。どう見ても人狼だ。その毛皮は灰色だった。

「重い剣みたいだが、それで俺の動きについてこれるか?」
「(軽量化。)」

承知

 アヤカはグラヴィトンに命じる。軽量化は、グラヴィトンの体感重量を約20分の1、つまり1kg程度にする命令だ。手ごたえが軽くなったところで、アヤカは間合いを詰め、連続して突きを繰り出した。竜の雫で強化された身体能力で、相手に攻勢に回られないように攻撃を続ける。人狼は素早い足さばきでアヤカの剣を避ける。途中、上半身に攻撃を集中すると見せかけて、一瞬だけ加速して足を狙う。

「グッ!」

 足にダメージが入ったことで下がる頭を狙う。

「ガッ!」

 頭に命中し、のけぞって腕のガードを上げたところで、今度は腹部を突く。

「ゴッ!」

 反撃を封じるように、豪雨のような突きを繰り出すアヤカ。しかし、最初につけた足の傷は、もう治っており、人狼の動きには鋭さが戻っていた。アヤカは突きをやめ、左右から連続して切りつける攻撃に変更する。人狼がカウンター気味に繰り出してくる攻撃に対し、一瞬だけ加速してその腕を払う。今のグラヴィトンの重さでは、人狼を軽く傷つけることしかできなかった。再び加速から足を狙う。

「クソッ、このアマ!!」

 足に命中し、人狼の動きが乱れた一瞬で、アヤカは攻撃方法を変更した。グラヴィトンを上段に構えて振り下ろす。

「(超重化。)」

承知

 アヤカはグラヴィトンに命じる。超重化は、グラヴィトンの体感重量を約100kgに変更する命令だ。振り下ろし始めた直後から剣の重量が激増する。

「そんな軽い攻撃で」

ゴスッ!

「グハァ!!!」

 今までの攻撃の軽さから、片腕で凌げると考え、左腕を盾にしつつカウンターを狙おうとした。だが、予想外の重さに手首が折れ、剣は頭にもヒットする。頭をふらつかせながら倒れる人狼。人間なら頭蓋骨陥没で即死しているはずの一撃だが、それでもこの人狼は気絶しなかった。折れた左手首は、ピキピキと小さな音を立てて修復されていく。

「(軽量化。)」

承知

 アヤカはグラヴィトンの重さを戻す。

「(思いっきりやったつもりなんだけど・・・これでも死なないどころか、気絶もしないんだ。)」
『呑気に関心してる暇はなさそうだぞ。』

 離れた所に隠れているフォスから突っ込みが入った。

「(うん。えっと、再生能力を封じるには・・・)」

 アヤカはグラヴィトンを逆手持ちにすると、人狼の腹部を狙って振り下ろす。

「(超重10倍化。)」

承知

超重化の10倍。つまり1tの重さになった剣が、人狼の腹部に突き立てられた。

「ガアアアアアァァァァァ!! ゲフッ、ゲフッ!!」

血反吐をまき散らしながらのたうつ人狼。剣は人狼の強靭な腹筋を貫通し、背中へ抜ける。アヤカは人狼を地面に縫い付けると、すぐに間合いを離した。人狼は両手で剣を抜こうとするが、びくともしない。

「(・・・もう治ってる?)」

折れたはずの左手首はもちろん、頭蓋骨が割れるほどの衝撃を受けたはずの頭部の怪我も、ほとんど消えかかっていた。だが、剣が刺さったままの腹部は再生が始まらない。

「クソッ、タレ・・・化け物か、てめえは?!」
「・・・あなた、自分が化け物っていう自覚はないの?」

 アヤカはあきれてため息をついた。実の所、アヤカはほっとしていた。速度と戦術で押し切ったが、人狼の爪が当たれば、こっちは手足の1本ぐらい失いかねなかった。状況的には優勢に戦ったが、いつでも一撃で逆転される恐れがあったのだ。

「クソッ、どうりであいつらが叶わないわけだ・・・。」

 人狼が呻く。

「(・・・ここからどうしよっか?)」
『・・・俺に聞かれてもな・・・。』

 人狼は必死に剣を抜こうとしているが、やはりびくともしない。人狼はあきらめたように力を抜いた。

「・・・俺の負けだ。さっさと止めを刺せよ。」

『アヤカ、どうする?』
「(・・・よし、ちょっと試してみる。)」
『?』

 アヤカは、人狼の爪の届かないギリギリまで近づいた。

「ねぇ、ちょっと話をしない? 内容によってはその剣を抜いてあげてもいいわ。」

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