4−12 少年と宣戦布告 大学生になったからといって、放課後に図書室で勉強をするスタイルはわからなかった。単位となる範囲の予習を1か月半ほどで済ませたら、図書室の本を片っ端から読む。卒業したら奨学金の返却を行わないといけないのだが、入学直後は、どの方面に進むのか決めかねていた。 同様に、高校の時にしていたファミレスのバイトは、そのまま続けていた。大学生になって勤務時間を延ばすことができるようになったため、昼夜の賄いをもらうことで生活費を軽減するためだ。 「なあ、”ジャージ女”って知ってる?」 「なんだそれ?」 「最近、噂になってんだけどさ。夜中にジャージ姿で黒髪ロングの女が、剣を振り回して徘徊してるってやつなんだが・・・。」 「新手の都市伝説? もしくは中二病ってやつか?」 「どうだろうな。でも、暴漢に襲われたところを助けてくれたって話もあるらしい。」 「アメコミヒーローかよ。」 アヤカはテーブルに料理を運びながら、そんな会話を聞いた。話しているのは大学生らしい2人組だった。時々見る顔なので常連客なのだろう。しかし、会話の内容はアヤカのことだ。グラヴィトンに操られている間もそれなりに目撃されているはずだし、制御下に置いてからも、訓練と称して夜の街を飛び回っていた。確かに、暴漢に襲われている女性を咄嗟に助けたこともある。最近の目的はグラヴィトンを使いこなせるようになることであって、怪物退治や人助けが目的ではない。とはいえ、人目に付かずに立ち回るようにしようと思った。 大学で積極的に友人を作ろうと思わなかったアヤカは、昼食時は基本1人だった。入学当初、声をかけてくる人は男女問わずいたが、アヤカは面倒なので全て拒否していた。友人というと、高校1年の時にクラスメイトだった委員長は、家がファミレスの近くということもあり、細々と交流が続いているぐらいだ。 ドカッ! 学食で昼食を取りながら考え事をしているアヤカの前に、うどんが載ったトレイが置かれる。そして向かいの席に男が座った。見たところ大学生には見えない。どちらかというと、高校生か、背伸びしている中学生のように見える。この学食は一般にも開放されているため、主婦や老人なども客として入ってきている。だから客として前にいる男も、何も言わずに前に座ったこと以外は何か問題があるわけではない。 「おいおい、アレ見てみろよ。」 「おー、チャレンジャーだな。」 離れた所にいる大学生たちがヒソヒソと話していた。そういう彼らも 、一度はアヤカに声をかけたことがある。結果は完全無視で玉砕だったが。 Side.アヤカ 前の席に座った男。見た目には高校生ぐらいなので、まだ少年というべきだろうか。その少年は、灰色の粒子を放出していた。灰色・・・初めて見たのはグラヴィトンが放出しているものだった。町中や学校でも、灰色の粒子を放出しているのは見たことがない。その少年は不機嫌そうな顔でアヤカを見ているが、灰色以外の感情を表すような粒子は放出されていなかった。恐らくこの少年は人間じゃない。フォスは別の異世界へ情報収集に行っていて不在だったので、灰色の粒子がどのような意味を持つのか聞くことはできない。この少年はフォスのことが見えているように思える。 「用件は?」 私は、隙を見せないようにするために簡潔な会話をすることにした。普段、フォスとは肉声を使った会話をしないため、舌が回ってないということもある。 「・・・俺と勝負しろ。」 「勝負?」 「俺の仲間をずいぶん簡単に片づけてくれたらしいじゃないか。」 仲間? 誰のことだろう? 心当たりがいくつも思い浮かぶので困る。 「あなたは何者?」 「フン、俺に勝ったら教えてやるよ。」 少年の頭からは赤と黒の粒子が漏れ始めた。だが、灰色の粒子も相変わらずある。どうやら非常に好戦的な性格らしい。ここは会話の主導権を握った方がいいと思い、先手を取ることにした。 「そう。今夜、○○大橋の下に午前1時でどう?」 「な、・・・フン、大した自信だな。」 「あなたこそ。」 「・・・いいぜ、逃げんじゃねぇぞ。」 少年は捨て台詞のように言うと席を立った。 「うどんは食べないの?」 立ち去ろうとする少年の足が止まる。少年は乱暴に席に戻ると、ズルズルと音を立ててうどんをかきこんだ。ちょっと耳が赤いように見えるのは気のせいだろうか。 「げっぷ、・・・逃げんじゃねぇぞ。」 少年はトレイを置いたまま立ち去った。 Side.フォス 魔界から帰ってきた俺が見たのは、アヤカが見知らぬ男と食事をしているところだった。だが、その男から見える粒子の内容からすると、完全に宣戦布告だった。さらに、その男が放出している灰色の粒子。これは変身、もしくは外見を偽装できる能力を使用していることを意味する。 『ただいま。』 「(お帰り。)」 『さっきの男は何だ?』 「(私と喧嘩がしたいらしいわ。仲間をやられた腹いせらしいけど。)」 『なんだ、暇な奴がいたもんだ。でも、気付いてたか?』 「(うん。たぶん、私を見張っていたやつね。)」 『みたいだな。どうするんだ? まともにやりあうのか?』 「(それについては作戦を考えてみたの。)」 『おう。』 |