4−10 フォスとアヤカ フォスはその光景に戦慄していた。時間にして1分も無い、凄まじい高速戦闘。そしてようやく気付いた。剣から灰色の粒子が放出されており、それはアヤカに流れ込んでいるということに。 『抜かったぜ。しかし・・・どうする?』 フォスの体は全長60cmほどの細長い蛇のような形。攻撃を受ければ掠っただけで粉々になりそうな薄い蝶の羽根。牙も鉤爪も持つが、それは削った鉛筆の先程度の大きさしかない。端的に言って、フォスに物理的な戦闘能力は皆無だった。一撃で真っ二つにする破壊力。投擲の終着点へ一瞬で移動できる機動力。戦況を先読みし、状況を覆すために一歩も引かない胆力。アヤカの意識が無い状態でそれだけの戦闘ができているとしたら、フォスに勝ち目はない。 誰かの力を借りようにも、あの動きを見た後では、誰もかなわないだろう。唯一、妖精騎士の顔が浮かんだ。しかし、アヤカの前でモノセロスがもし大人しくなってしまったら? 恐らくタイニーベヒモスで瞬殺されてしまうだろう。フォスの頭からは、誰かに救援を求めるという選択肢が消えた。 『これは・・・僥倖と言っていいのか?』 その凄まじい戦闘能力。これなら炎の魔神を倒すことは不可能じゃない。 『しかし、アヤカの意識はどうなってんだ?』 戦闘能力皆無のフォスは、頭を使って戦うしかない。掠っただけで自分を粉々にできる戦闘能力を持つ相手に対し、援軍も無しにどうやって戦うのか。フォスはアヤカを観察しつつ、立てられるかどうかわからない作戦を練ることにした。 その後、3日に1回の割合で、アヤカは夜に抜け出しては、様々な所で、獣人や怪物と戦っていた。おそらく粒子知覚を使って紛れ込んでいることを見破っているのだろう。 いつの間に習得したのか、アヤカはタイニーベヒモスの重さを完全に制御できていた。フォスは知らなかったが、アヤカの剣裁きは太極剣と呼ばれる細剣を操る中国武術のそれに似ていた。振りぬいた時は手首や腕で回転。力を加える時や、慣性を大きく制御したい時は体を回転。それによって振りぬいた時の硬直や隙を消した動きをしているのだった。そして死角に入り込むように使っている加速。初見では見切ることが難しく、対抗手段が少ない。同様に加速できたとしても、加速中に繰り出されるタイニーベヒモスの破壊力は、通常の数倍になっていた。実際に、車の扉などは一撃で真っ二つにできていた。 アヤカの強さは、その武器の扱いや動きだけではなかった。フェイントやトリック、そして時には強引な戦法も使用していた。例えば、相手にタイニーベヒモスを投げ渡し、重さに驚愕して下がった頭への飛び蹴り。例えば上にタイニーベヒモスを投げ、徒手空拳でその落下地点へ相手を誘導。例えば柱を盾にした相手を柱ごと切断といった具合である。 観察した結果、普段のアヤカは、夜に戦っている記憶が無いようだった。ということは、アヤカはタイニーベヒモスに操られていることになる。しかし、ベッドの下に隠してる状態でフォスがいくら見ても、あの灰色の粒子は見えなかった。 『どうりゃいいんだ・・・。』 フォスは頭を抱えた。全く作戦が思いつかない。相談したくても相手もいない。アヤカの能力を隠しておくために、魔神や異形の連中とは極力接触しないようにしてきた。もし仲間がいれば、いろいろ作戦もとれただろう。そんな状況が半月ほど続いた。 『・・・リスクが高すぎるが・・・やってみるか。』 ある夜、フォスは覚悟を決めた。戦う上でフォスの利点といえば、体が小さいことだ。そして、数回で疲れ果ててしまうが、アヤカの加速に近い高速移動なら可能だ。この数少ない利点を生かすための作戦を、フォスはようやくひねり出した。 そしてある夜。河川敷で巨大なヘビの怪物の頭を切り落としたアヤカの前に、フォスは現れた。 『さて、アヤカは返してもらうぜ。』 「クックックックッ・・・」 アヤカの口からは、エコーがかかったような不気味な笑い声が漏れる。 「愚カナ。貴様ゴトキ矮小ナ存在ガ、我ニ戦イヲ挑モウト言ウノカ?」 『なんだ、会話できるんじゃねぇか。言っとくがな、お前が何者で、アヤカが今どんな状態になってるか、もうわかってんだよ。』 「・・・ホウ、ダガ、オ前ニ勝チ目ガアルトハ思エンナ。」 『なんだ、頭の方はあまりよくないようだな。勝てる算段がついたから、こうして目の前に出てきてるんだぜ。』 「・・・ナン、ダト?」 『アヤカを・・・返してもらうぜ!!!』 フォスは上昇する。10mほど上がったところで、河川敷にある植物から粒子を集め始めた。間合いが離れていても、フォスは警戒していた。タイニーベヒモスを投擲する攻撃は、アヤカ・・・もとい、アヤカを操っている奴の得意な戦法らしいのだ。しかし、アヤカはその予想を斜め上に裏切る動きを見せる。 アヤカはタイニーベヒモスを縦方向に大きく振り回すと、体操競技のようにその重さを利用して自分も回転。タイニーベヒモスを地面に叩きつけ、その運動エネルギーを利用してフォスと同じ高さまで跳躍した。 『な!』 フォスよりも高い位置まで上がったアヤカは踵落としを繰り出した。フォスは粒子を吸収するのをやめ、数回しか使えない加速を使用してその攻撃を躱す。 『ここだ!』 アヤカが着地するまで一瞬。アヤカは飛べないが、フォスは飛べる。フォスは着地するまでの一瞬で勝負を決めることにした。全力で加速し、アヤカの顔の前、数cmの所に移動する。 「ナンダト!」 フォスは尻尾をアヤカの首に巻き付け、締め上げる。 「ソンナ力デ首ヲ絞メラレルト思ッタカァ!」 『喰らえ!』 フォスは口から竜の雫を発射した。狙ったのは「思ッタカァ!」と叫んだ瞬間の口の中。この時のために、超高濃度の竜の雫を用意してきたのだ。 「ウグッ!」 ごくり アヤカは吐いた息を吸い込むタイミングで口に打ち込まれたため、竜の雫を反射的に飲み込んでしまった。 『アヤカぁぁぁ!!!! そいつを追い出せぇぇぇぇぇぇぇ!!!!』 フォスは自分の頭をアヤカの額に叩きつけた。まさかの物理攻撃に、アヤカはさらに息を詰まらせる。バランスを崩し、地面に叩きつけられた瞬間、アヤカから膨大な量の金色の粒子が放出された。 『うぉぉぉぉぉぉ!!!』 その粒子の量に、フォスは大きく吹き飛ばされる。大量の金色の粒子を放出しながら、アヤカは立ち上がった。そしてタイニーベヒモスを正眼に構える。 「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!」 普段、フォスとの会話に肉声を使わないアヤカだが、この時は腹の底から気合いの雄叫びを上げた。吹き出す金色の粒子がタイニーベヒモスに集中する。刀身に葉脈のような金色の線が走る。タイニーベヒモスから力が溢れ出し、周囲を白い光で満たした。 |