4−9 悪鬼と羅刹 フォスは夜中に目が覚めた。尻尾を掴んでいたはずのアヤカはベッドにいない。大学生になったアヤカだが、フォスの尻尾を握らないと寝付けない癖はそのままだった。その時は、トイレにでも行ったのだと思っていた。 フォスは夜中に目が覚めた。尻尾を掴んでいたはずのアヤカはベッドにいない。そんな日が3日に1回は起きるようになっていた。そして、朝、起きたアヤカには、疲労が残っていた。フォスはアヤカから放出されている粒子の流れで、アヤカの体調管理をしていた。放出される粒子には波があり、1日2日程度では見切れない変化を、半月から1か月に及ぶ観察から結果を出すようにしていた。これは竜の雫を渡すタイミングを計っているという意味もある。 『アヤカ、最近寝付けない日があるのか?』 「(え? どういうこと?)」 『昨日の夜中ぐらいにベッドに居なかったぞ。』 「(? ぐっすり寝てたと思うけど。)」 Side.フォス アヤカと認識が食い違う。フォスは嫌な予感がした。そこから数日、フォスは寝ないで見張ることにした。実際、フォスには睡眠は必要無い。普段から寝ているような行動をとっているのは、竜の雫による消耗に耐えるためだった。パワースポットの発見と、妖精王国への移動が可能になった今、体力を回復させるのは容易だった。 見張りを初めて3日後、夜中にアヤカが起きだした。アヤカは節約のために寝間着を買っていなかった。なので、寝ている時に着ているのはいつもジャージだった。 アヤカはベッドの下にあるタイニーベヒモスを取り出すと、ショルダーストラップとベルトがセットになっているものを身に着け、ベルトに鞘を吊る。玄関へ行って靴を掴むと、窓から飛び降りた。ここはアヤカの通う大学の寮、その3階だった。 『?』 この高さから降りたら、どこかで音がするものだが、まったくしなかった。フォスはアヤカが開けたベランダへの窓の隙間から外へ飛び出した。今夜は三日月であり、街灯があるといってもこの周囲は暗い。しかし、粒子を知覚できるフォスには関係なかった。アヤカが放出する粒子の光は、遠くからでも知覚できる。アヤカは走っているようだった。フォスは空に上がり、アヤカとは十分な距離をとったまま追跡を開始した。 アヤカが河川敷あたりに到着した所で、アヤカから放出される粒子の量が激増した。見ると、真っ黒な人型をしたものが3体おり、アヤカはそれに囲まれていた。 ニャグ、グエル、ゲル カエルの鳴き声のような音を、その3体の人型が発した。その3体からは赤と紫の粒子が大量に放出されていた。その色は殺意と敵意が合わさった意味を持つ。フォスは何が起きるのか、なんとなく予想がついた。そのため、慌てずに状況を見守る。 黒い人型は、3体同時にアヤカに襲い掛かった。武器などは持っていないようだが、振りかぶった手は鉤爪になっている。その爪は1つが包丁ほどの大きさであり、人間など一撃で貫くことができそうだった。 アヤカはサイドステップの一挙動で3体の攻撃をかわすと、手近な1体をタイニーベヒモスで薙ぎ払う。一撃で真っ二つになり、その1体は霧散した。アヤカは振りぬいた剣の重さを利用してそのまま体ごと横回転。2体に向き直ったところで剣を縦に回転。ソフトボールのピッチャーを思わせる縦回転の動作で、タイニーベヒモスを投擲した。それは素人の投擲であり、剣は回転しながら飛んでいく。刃に当たればいいが、それ以外ならダメージは激減する・・・はずだった。全長60cmほどの剣であるタイニーベヒモスは、一見すると数キロ程度の重さに見える。しかし、実際には50kgを超える重量を持ち、それが超高速で投擲されたのだ。剣は柄頭から黒い人型の胸部に命中。 メキッ! 黒い人型の胸部は瞬時に陥没し、そのまま大穴となる。そして、その向こうにはアヤカがいた。投擲した直線の終着点に加速で移動したのだ。アヤカは黒い人型を貫通してきたタイニーベヒモスをキャッチ。刀身を舞うようにくるくると回転させながら投擲時の運動エネルギーを吸収。慣性を殺し切ったアヤカは、残る黒い人型と対峙した。 夜風に吹かれた雲が、わずかな光源である三日月を覆い隠す。そのタイミングで黒い人型はアヤカに襲い掛かった。救い上げるような鉤爪の攻撃。防御しようとアヤカは剣を構えるが、黒い人型の狙いは剣の方だった。あっさりと剣が上へと跳ね飛ばされる。黒い人型は即座にもう片方の鉤爪でアヤカを切り裂こうとする。 アヤカはここで逃げなかった。一歩踏み込んで相手の手首あたりを手刀で制する。黒い人型はそこから滅茶苦茶に両手の鉤爪を振り回した。掠っただけで大きく切り裂かれそうな鋭さをもつ鉤爪。その猛攻に対し、アヤカは一歩も後退せずに僅かな体の移動と手刀で凌ぎきった。黒い人型は左右から挟み込むように両腕を振るう。左右に逃げ道は無く、後退しようにも踏み込みから繰り出されているその攻撃の範囲外から出るのは難しい。アヤカは一歩も後退せず、その攻撃を相手の手首を左右同時に掴むことで止めた。 ここからは力比べだった。黒い人型の腕が倍の太さに膨れ上がる。黒い人型の方がアヤカよりも腕力があるらしい。両手の鉤爪は、アヤカの顔にじりじりと迫った。 ニヤリ 今まで無表情だったアヤカの口元が歪んだ。 ゴスッ! 黒い人型の頭部に、タイニーベヒモスが突き刺さった。あろうことか、跳ね飛ばされた剣の落下地点に黒い人型は居た。剣で受けきれないと判断したアヤカは、相手の鉤爪の勢いを利用して剣を真上に飛ばしていた。そして、一歩も後退しないことで、相手を剣の落下地点に固定していたのだ。 アヤカは黒い人型の頭部からタイニーベヒモスを引き抜くと、翻すように体を1回転。タイニーベヒモスを下から上に振りぬいた。黒い人型は下から2つに裂けながら空中へ飛ばされる。アヤカは縦の回転を横に変更し、宙に浮いた黒い人型を横から切り裂く。一瞬で4つに分割された黒い人型は、夜風に吹かれ、粉々になって消えた。 クックックックッ・・・ アヤカの口からは、エコーがかかったような不気味な笑い声が漏れていた。 |