3−12 旅行と予定 Side.フォス 『・・・まだ無理か・・・』 フォスはここ半月の間、1日に1回、誰に聞かせるでもなくそのセリフを言っていた。実際の所、フォスはかなり衰弱していた。いくら休んでも体力が戻ってこない。アヤカといっしょに勉強する放課後の時間以外、アヤカがバイトの時も含めて、フォスは木の枝の上や、ファミレスの天井付近の棚の所で、大人しくしていた。1日の大半は眠っているといってもいい。その原因は、アヤカに与えている竜の雫にあった。 フォスが竜の雫を作り出す際、自身の体力と精神力を大幅に消耗する。普通の疲労とは違い、その回復にはかなりの時間を要した。妖精界でなら、大地や植物が分けてくれる力を補充し、すぐに回復しただろう。しかし、この町中では大地や植物が分けてくれるエネルギーがほとんど無い。そんな中、植物園で調子に乗って特別に強力な竜の雫を作った。アヤカのためを思って無理をしてしまった。結果として、さらに長期に渡って衰弱した状態が続いていた。体力が回復しない要因の1つとして、空気が汚いところが多いというものもある。 『・・・どうしたものか・・・』 Side.アヤカ フォスが日中、ほとんど寝ている原因が、消耗していることだということに、アヤカは前から気づいていた。だが、人間のように飲み食いをしない妖精竜が、どうやって元気を取り戻せるのかは、アヤカには見当がつかなかった。 放課後、アヤカは図書室で勉強する際、10冊の本を持ってくるようにしている。その内の8冊は、授業や受験に関係あるものだ。残りの2冊は、フォスの興味を引いたものにしていた。アヤカは4冊を片付けては、休憩のつもりでフォスの読みたい本を1冊読み、また4冊を片付けては、フォスの読みたい本を1冊読みというサイクルで進めていた。 『・・・ぱわーすぽっと?』 「(うん。)」 『どんな所?』 「(自然が豊かで、行くだけで元気をもらえるって言われてるとこらしいわ。)」 『元気って・・・本当なのか?』 「(科学的な根拠は無いみたい。でも、フォスなら元気になるんじゃないかと思って。)」 『ふむ。・・・で、どこへ行けばいいんだ?』 その時見ていた本に掲載されているパワースポットは、どう考えても泊りがけで行くような距離にあった。親の庇護下に無いアヤカにとって、泊りがけで旅行に行くことはできない。 「どうしたの、難しい顔して。」 委員長だった。双子もいっしょだった。 『ちょうどいい。相談してみたらどうだ?』 「(・・・うん。)あの、これなんだけど・・・。」 「パワースポット? 白沢さん、こんなの興味あるんだ。」 「うん、ちょっと行ってみたいなと思って。」 「・・・でも、これって結構遠いよね。」 「だから、近くでこういう所って知らないかと思って。」 「あ、はいはーい、それならねー。」 双子が同時にハモりながら手を挙げる。片方がカバンからスマートフォンを取り出す。 「ぱわーすぽっと、ちかく。」 ・・・ピロン! 「・・・ここなんかどう? 片道1時間ぐらいで行けるよー。」 『なんだ、こいつら。こんな能力を持っていたのか?』 「(いや、これ能力じゃないから。)・・・ちょっと見せて。」 「はい、どーぞー。」 スマートフォンに表示されていたのは、市街地から2駅ほど離れた所。観光地からは少し外れるが、登山のような装備も必要とせず、気軽に行けるところだった。フォスはアヤカの頭に着地すると、上からスマートフォンを覗き込んだ。 『アヤカ、その白いのはなんだ?』 フォスは長い尻尾の先端で表示されている一角を指す。 「(・・・滝があるみたいね。)」 『ほう。』 アヤカはノートの1ページを使って、その場所へのアクセスや地図、名前などを書き写す。 「ありがとう。行ってみるわ。」 「ねーねー、どうせならーさー」 「4人で行こうよー。お弁当とかもってさー。」 委員長もスマートフォンを覗き込む。 「日帰りでゆっくり行けるところじゃない。じゃあ、予定を組みましょ。何時がいい?」 双子が提案し、委員長が進める。アヤカはフォスと二人だけで行こうと思っていたので、予定なんてこれから考えるつもりだった。行くとしても夏休みになる。でも夏休みは学校でやる夏季特別講習とバイトでほとんど埋まる予定だった。 「・・・行くとしたら夏休みのつもりだったんだけど。」 「アヤカちゃん忙しいもんねー。」 「じゃあさぁ」 その日は日帰り旅行の話で盛り上がってしまった。アヤカはバイトでシフトを入れない日を作ってもらうことにした。バイトに入れば昼飯を賄いで食べられるので、金銭に余裕の無いアヤカにとっては食費を浮かす貴重な機会なのだが、今回ばかりはフォスの体調を戻す方が優先だった。 |