3−7 王子と姫君 平日の放課後。校舎が閉まるギリギリまで図書室で勉強するのが、アヤカとフォスの日課になっている。奨学生のアヤカにとって、放課後は部活や友人との遊びに使える時間ではなかった。もっとも、アヤカは積極的に友人を作ろうとはしていない。彼女の側にはいつもフォスがいるからだ。 中学でもやっていた図書室での勉強を、高校でも続けていた。まずは教科書を全て読破し、わからないところは図書室の本や参考書で調べ、記載されている問題をこなす。ノートにポイントなどをメモしながら進め、大学ノートやシャーペンの芯は怒涛のように消費されていった。約1か月で全教科を読破したら、次は大学受験向け参考書を積み上げ、片っ端から解き続ける。興味本位で声をかけていた同級生の女子たちは、その異様な勉強ペースにドン引きしたのか、次第に声をかけなくなった。 「図書室の姫君」 誰がそう呼んだのかは知らないが、これがアヤカの異名となっていた。竜の雫による体質改善で、綺麗な黒髪と傷跡一つ無いすべすべの肌になっていたアヤカは、どう控えめに見ても美少女だった。同級生の女子たちが話しかけなくなってしばらくしてから、アヤカに交際を申し込む男子生徒が現れた。まともな人付き合いをするつもりのないアヤカは、それをそっけない態度で一蹴する。ところが、ファミレスでバイトしている時とのギャップに心を撃ち抜かれたのか、誰がアヤカへの告白を成功させるか、遊びに誘えるか、といったことをやり始める者たちが現れた。 朝。登校し、下駄箱を開けると、ラブレターらしきものの雪崩が発生する。 「(・・・ふう、面倒だわ。ねぇ、どうすればいいと思う?)」 『・・・そうだな。アヤカはその手紙を読んでやるつもりは無いんだよな?』 「(うん)」 『余計なことに巻き込まれるのは嫌だから、こっそり捨てようぜ。』 「(そうだね。)」 毎日山のように下駄箱に入れられるラブレターは、人知れず、寮のゴミに混ぜて処分されるのだった。 アヤカの通う学校には、何人か帰国子女がいた。アヤカは知らなかった(というより興味がなかった)が、その中で、”王子”という異名で呼ばれている男子生徒がいた。名前は「アルバート・ブラウン」。イギリス人とのハーフなのだが、ある外国人の映画俳優によく似た顔立ちをしている。そして天然の女たらしのようで、特に女性に対する紳士な物腰とイケメンの顔立ちで、惚れてしまう女生徒が多数。女性の教師陣にも同じように接するため、教師受けも良いのだった。ちなみに5月の中間試験では学年2位と、頭もよかった。パーフェクトともいえる人物だが、そんな中で中間試験が学年1位だったアヤカは、彼にとって興味を引く存在だった。その彼が放課後の図書室に現れると、周囲は騒然となった。図書室にいたのは、アヤカとなんとかお近づきになりたい男子生徒達。アルバートの周りには、彼となんとかお近づきになりたい女生徒達。普段から人を寄せ付けない雰囲気を放っているアヤカをものともせず、アルバートは彼女に近づいた。 「やあ、ミス白沢。よかったら僕の話に付き合ってもらえないだろうか?」 「・・・」 「君は大変な努力家みたいだね。まさか中間試験で僕が負けるとは思ってもみなかったよ。」 「・・・」 アルバートはいつも他の女性にするように、品格を褒め、容姿を褒め、食事や映画に誘いといった会話をしようとするが、アヤカはガン無視だった。アルバートの方を見ようともせず、まるでそこにはいないかのように自主勉強に没頭している。それを見守っている男子生徒の中には、ほっと胸をなでおろしているものが多数。対して女子生徒の方は、アルバートの語り掛けに一切返答しないアヤカに腹を立てる者少々、アルバートにはふさわしくないよねと勝手に納得しているもの少々、アヤカに対して不気味な嫌悪感を抱いたもの多数といったところだった。 どん! まったく相手にされないアルバートはとうとうキレたらしく、机に拳を叩きつけた。 「人の話を全く聞こうとしないなんて、どういう躾をされているんだい?」 アヤカはノートに走らせるペンを止め、アルバートを見た。その顔は無表情だった。 「邪魔。」 アヤカはそれだけ言うと、自主勉強に戻った。アルバートは一瞬、何を言われたのか理解できずに固まってしまうが、やがて肩をすくめて図書室を出ていった。チャンスとばかりに女子生徒が取り巻き、口々に慰めの言葉をかけた。 『邪魔か・・・今のあいつにぴったりの言葉だな。』 「(? どういうこと?)」 『邪(よこしま)な魔と書いて邪魔なんだろ。最初はともかく、最後の方は邪なことばかり考えていたようだな。』 「(? まるで心でも読めるみたいな言い方だけど、フォスってそんなことできたの?)」 『別に心が読めるわけじゃないが、どんな感情が膨れ上がっているぐらいなら、アヤカにだってわかるようになるぞ。』 「(そうなの?)」 『よし、じゃあそろそろ新しい訓練をしようか。』 「(訓練?)」 訓練と聞いて、今になってどんなことをするのか想像できないアヤカだった。 |