3−5 いじめと反撃 Side.とある男子生徒 入学して2か月。6月も後半になり、雨の合間の真夏日だったその日、教室の気温は確実に数度下がったと思われる事態に陥っていた。 「あなたが犯人ね。」 女生徒3人組の前に立つ白沢さん。口調は丁寧でも、その表情は氷のようだった。その光景に鳥肌が立ってしまったのは、僕だけでは無いはずだ。 事の起こりは10分ほど前に戻る。昼休み。教室で食事をとっていた生徒がほぼ全員食べ終わったころにそれは起こった。ある女生徒が、飲んでいたジュースの紙パックの中身を、机の上にボトボトと垂らし、握りつぶした紙パックを床に落とした。甘ったるい臭いが教室に漂う。ジュースがかけられた机は、その女生徒のではなく、白沢さんのだった。 入学して1か月も過ぎると、クラスメイトはいくつかのグループに分かれるようになる。その中で、その女生徒・・・橋村さんは、兄、もしくは親が暴力集団に属しているらしく、そのバックをちらつかせながら、まるで女王であるかのように周囲を威圧し、腰ぎんちゃくを侍らせていた。虎の威を借る狐という言葉どおり、橋村さんに進んでつき従う生徒もいた。彼女の人睨みで黙り込んでしまう教師もいるのだ。クラスメイトのほとんどがそんな彼女の態度に委縮している中、まったく意に介さない人がいた。それが白沢さんだった。 白沢さんを初めて見たのは入学式の時。白沢さんは新入生代表として挨拶をしていた。肩にかかる黒髪。色白の肌。纏う雰囲気が常人とは違う、どこかのお嬢様のようだった。聞いた話では奨学生らしい。入学式で新入生代表ということは、そうとう成績が良かったはずだ。事実、5月にあった中間試験では、白沢さんが学年1位の点数だった。容姿端麗で勉強もでき、常に凛とした態度を崩さない。当然、男子生徒の中では噂にならない方がおかしい人物である。 そして話は5分ほど前に戻る。橋村さんの行動に誰も注意ができない状態で、白沢さんが教室に戻ってきた。気まずい空気の中、橋村さんとその取り巻き2人だけが大声で笑いあっていた。白沢さんはしばらく動きを止めた後、真っすぐに橋村さんの所へ行った。 「あなたが犯人ね。」 橋村さんと取り巻き2人が黙り込む。 「なんであんなことするの?」 淡々とした白沢さんの台詞だが、とんでもないことが起きそうな予感がひしひしとしていた。 「はぁ? なんだよ、あたしがやったって証拠でもあるのかよ!」 「あなたが犯人ね。」 「なんだと! いいがかりかよ!」 「もしあなたが犯人じゃないのなら、何故、視線を逸らすの?」 「な!」 何人かの生徒が教室から逃げ出した。本当はすぐに先生を呼びに行くべきなんだろうけど、僕は戦々恐々としつつも、心の片隅で何かを期待して、目が離せなないでいた。 「あたしに逆らったら、どうなるかわかってんのか!」 「・・・どうなるっていうの? あなたは何もできなさそうだけど。」 「てめぇ!」 橋村さんが白沢さんの胸倉を掴む。しかし、白沢さんは怯んだ様子も無く、淡々と言い放った。 「昼の授業が始まる前に綺麗にしてね。汚い雑巾じゃなく、あなたのハンカチやタオルで綺麗にしてね。あなたが汚したのだから、あなたが綺麗にするのは当然でしょう?」 「このクソアマ!」 橋村さんが白沢さんを突き飛ばした。(ぱき) 机をいくつも巻き込んで倒れる白沢さん。ん? 何か変な音がしたような・・・? 「こらー、何やってるんだー!!」 男の先生がやってきた。教室から出た誰かが呼んできてくれたようだ。倒れている机。倒れたまま動かない白沢さん。顔を真っ赤にして腕を突き出したままの橋村さん。誰が見ても何か起きたかは明白だった。 白沢さんは保健室へ。橋村さんはたぶん職員室へ。僕は席が隣だからというだけの理由で、クラス委員の子といっしょに白沢さんの机を綺麗するように言われた。ただのとばっちりのはずだが、僕は文句も言わずに手伝った。 |