妖精竜の花嫁
〜Fairy dragon's bride〜


目次へ / 3−1へ / 3−3へ
3−2 キッチンとアイデア

 ファミレスのキッチンといっても、いきなり料理というわけにはいかない。最初は洗い物、食材の運び出し、掃除といったことがメインになる。アヤカが入ったキッチンは、料理長ともう一人の二人で回していた。土日は朝9時から17時30分までの勤務だが、昼は賄いが出るのだ。ちなみにフォスはというと、厨房の棚の端の方で大人しくしていた。排ガスまみれの外よりも、空気清浄器がある室内の方がまだマシだという理由からである。

 バイトを始めて2日目の日曜日。あきらかに来客数が少ないことがわかった。競合する店も多く、流行り廃りの激しい業界ではある。アヤカは思いついたことを料理長に聞いてみた。

「例えばですけど、レシピの改良とか新作とかはやらないんですか?」
「レシピの改良はまあできなくはないが、手順が変わるとミスしやすいしな。新作の方は開発コストの関係で経営の方からの主導じゃないとな。」
「店長の一存なら?」
「店長が許可してくれるなら、空いてる時間を使ってやってもいいけどな。」
「今日の賄いのパスタって、メニューにあるやつで、人気の無い方のですよね?」
「・・・まあな。」
「これにレモンの1滴を足すっていうのはどうですか?」
「・・・ちょっと待ってろ。たしかレモンピール用に削ったのがあったから・・・」

 料理長は冷蔵庫からラップに包まれたレモンを取り出し、汁を賄いのパスタにかけて、味見をしてみる。

「!」
「どうっすか?」

もう一人の料理人も味見をしてみる。

「おお!」
「こいつはやられたぜ。おい、店長を読んで来い。」
「はいっ!」
「アヤカちゃんは料理詳しいのか?」
「いいえ、全然。」
「よく思いついたな。」
「まあ、なんとなく思いついただけなんですけど。」
「手順は1つ増えるが、これなら印象ががらっと変わる。うんうん。」

 そこへ店長がやってくる。

「料理長・・・何かあった?」
「おう、店長。こいつを味見してくれ。」

 一口食べるなり、店長の表情が変わる。

「何これ・・・いいんじゃない?」
「店長もそう思うか? アヤカちゃんのアイデアなんだが。」
「本当!?」
「あ、はい。あと、こういうのと、こういうアイデアもあるんですけど。」

 客がほとんどない昼下がり。いつになく厨房は騒がしかった。結局、アヤカのアイデアで3品がリニューアルという形で出してみることが決まった。店長命令でアヤカはリニューアル品のポップを作成することになる。

「ねぇねぇ、あそこのファミレスの新作パスタって食べた?」
「え、なになに?」
「新作って、リニューアルって書いてあったよ?」
「うん、でもね。なんか今まで食べたことない味なのよねー。それって新作って言わない?」

 アヤカがそんなクラスメートの会話を聞いたのは、水曜日のことだった。生徒の中ではもう話が広まっているらしい。

 その次の土曜日。明らかに客数が倍増していた。この現象は水曜日ぐらいからもう発生していたらしい。リニューアル品に注文が集中し、結構忙しい。手が足りなくなったら店長がホールに出るなどして対応していた。アヤカもただの雑用から、料理の手伝いに入る頻度が増え始めた。そんな中、一人ニヤニヤと笑っている店長。それに気づいていたのは、棚の上で大人しくしていたフォスだけだった。

目次へ / 3−1へ / 3−3へ