妖精竜の花嫁
〜Fairy dragon's bride〜


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1−5 相談とその後

 身寄りのなかったアヤカは、孤児院に引き取られることになった。この時、アヤカは小学二年生だった。フォスは人間族の世界に来たことはなかったため、世間の一般常識はおろか、文字もわからなかった。世間を知らない二人が始めたのは、文字を覚えることだった。アヤカが常用する日本語は、ひらがな、カタカナ、漢字の組み合わせだが、アヤカ自身もそんなにたくさんの漢字がわかるわけではない。アヤカは、病気を治してもらった礼として、孤児院や小学校の図書室にある本をフォスに読み聞かせすることにした。一人っ子だったアヤカにとっては、弟に絵本を読んであげる感覚だった。
 幼いころから化け物や妖の類が見えていたアヤカだが、それらは常に恐怖心を煽る存在だった。それゆえにそれらが見えない母親と周囲の人には、どれだけ訴えても話が通じず、ストレスを抱えていた。フォスと出会ってからも化け物や妖を目撃することはあったが、昔と違ってそれらは一切近寄ってこなかった。逆にフォスが睨みを聞かせると、向こうが逃げ出す状態だった。
 フォスはこの世界に来てから自在に飛ぶことができなくなっていた。その理由はすぐに判明した。フォスが持つ粒子を知覚できる能力。フォスは粒子を観察することで現象を解析することができた。妖精郷の森では、飛ぶための力を森が与えてくれていた。森で生まれたフォスは、無意識に与えられる力で飛んでいたのだ。だが、人間族の世界では力を与えてくれるほど森は無く、街路樹程度ではフォスが飛行に利用できるだけの力も発散していない。飛ぶためには自分の力を使う必要があった。そのため、5分も飛行すると疲労困憊となってしまうのだった。そのため、もっぱらアヤカの肩につかまっていることにした。犬や猫といた一部の動物はフォスを感知できるようだが、睨みを聞かせると、どれも大人しくなった。

「ねぇ、なんでふぉすがにらむと、わんちゃんとかねこちゃんはおとなしくなるの?」
『そうだな、本能で格の違いってのがわかるんだろ。』
「かくのちがいって?」
『ちょっかいを出すと怪我をさせられるってわかるんだろうよ。』
「ふぉすってつよいの?」
『まあ、あんな小動物に負けるほど弱くはないな。』
「ふ〜ん。」

 アヤカとフォスは周囲を気にすることなくそんな会話をする。フォスは他の人間には見えないため、アヤカはいつも一人でしゃべっているように見えた。そのため、アヤカには”空想の友達”(イマジナリーフレンド)を作り、それと会話することで母親を失ったバランスを保っているのだと解釈されていた。

 エネルギーの流れを放出される粒子として知覚できるフォスにとって、情報は力だった。知っていると知らないでは天地ほどの差がある。自分では本を持ったり、ページをめくったりすることができないため、それはアヤカの役目だった。文字についてはアヤカが、考え方や解釈についてはフォスが、というように役割を分担して本を読み漁った。アヤカがまだ習っていない漢字については、孤児院にあったボロボロの国語辞典を駆使した。このお互いに教えあい学びあう学習方法を初めて2か月ほどで、小学校低学年で習う漢字はほぼマスターしていた。これ以降、学校での国語の試験は百点を連発した。試験の時、フォスは側にいても一切アヤカに手は貸さなかった。初めてアヤカが国語で百点をとった時、フォスは大いに褒め、ご褒美として故郷の妖精郷の話をしてやった。物質的、金銭的にフォスには何もできないためこういった形になったが、アヤカは褒められて伸びるタイプだった。

 互いに教えあい学びあう学習方法は、学年が上がっても続いた。フォスにとって人間族の世界は学ばないといけないことが大量にあった。日本語をマスターしたフォスは、算数や理科、社会といった教科に手を伸ばす。他の小学生がTVやアニメ、漫画やゲームといったものに夢中になる中、アヤカはフォスとの勉強にのめり込んだ。その結果、ほとんどの教科のテストで90点以上をたたき出すようになる。あいかわらずイマジナリーフレンドと会話していると思われているアヤカだが、急激に伸びていく成績を目の当たりにした大人たちは、途中から文句を言うのをやめた。ある教師が、アヤカの言動を見て、誰かに教えるように反復学習しているのだと分析したためだった。

 5年生になった際、アヤカはフォスと会話することについての周囲の目が気になりだした。

『なんでしゃべるのやめたんだ?』
「だって、なんか変な目で見られるし・・・」
『・・・そういうことか。じゃあ、そろそろ試してみるか。』
「え? 何を?」
『俺が声でお前と会話してるんじゃないことは前に説明したよな?』
「うん。」
『考えていることを読めるわけじゃないが、言いたいことを頭の中で俺に話しかけるみたいに思考すれば、俺はそれを読み取ることができるんだ。』
「ほんとに?」
『ああ。じゃあ、俺に向かって話しかけているつもりで頭の中で考えてみな。』
「わかった。・・・(あいうえお)」
『あいうえおって? 発声練習か?』
「! ・・・(日本の都道府県の数は?)」
『47だろ。』
「!!・・・(安土桃山時代、関ケ原の戦いで勝利した人の名前とそれがあった年は?)」
『徳川家康。西暦だと1600年。』
「!!! すごい、ほんとに思ってることわかるんだ。」
『言っとくが、なんでも読み取れるわけじゃないんだせ。ちゃんと俺に向かって話しかけるつもりで思考しないとな。』
「(うんうん。これでいい?)」
『おう。さすがアヤカだ。』

 これ以降、アヤカのイマジナリーフレンドは消えたと周囲には思われていた。しかし、フォスに思考を向ける際に無意識に作っている笑顔などの表情は、逆に不気味に思われるようになった。そのため、積極的にアヤカと友達になろうという者は現れなかった。最も、アヤカとフォスには関係ない話だが。

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