1-4 孤独とひとりぼっち Side.アヤカ 『ぐへっ!』 「きゃ!」 アヤカは頭に当たった衝撃で尻もちをついていた。衝撃で頭の中が真っ白になり、彼女は自分が置かれていた状況を忘れた。 アヤカの前には、蝶の羽根が付いた蛇のようなモノがいた。ぴくぴくと動いているので、まだ生きているのだろう。おかしなものがいつも見えているアヤカだが、こんなものは見たことがなかった。 『くそ、どうなってやがる?』 その奇妙な生き物は、悪態をつきながら体を起こした。 「・・・へび?」 『蛇じゃねぇよ。』 「・・・ちょうちょ?」 『蝶々じゃねぇよ。』 その奇妙な生き物は、即答した。しかも、口が動いているように見えないのに、返事をしているのがわかる。それは声というより頭の中に直接響いているような感じだった。 『なんだお前、泣いてんのか?』 その一言でアヤカは自分の置かれた状況を思い出した。車によって姿が消えた母親。顔半分骸骨の男が連れていった母親の幽霊のようなもの。人々の叫び声と雑踏。近づいてくる救急車のサイレンの音。アヤカはひとりぼっちになってしまったことを改めて実感した。 「うぅぅぇぇぇぇぇぇん!」 張り裂けそうな胸のつっかえを吐き出すように、。アヤカはぼろぼろと涙を流しながら泣き叫んだ。ほぼ育児放棄とはいっても、母親は母親だった。時折見せる笑顔が、アヤカの心をかろうじてつなぎとめていたが、その顔は二度とみられない。心を穿つ大きな穴に耐えるために、アカヤは声をあげて泣いた。 Side.フォス 墜落して追突したのは人間族(ヒューマン)の幼女だった。ぶつかったショックで一時的に自分の置かれた状況を忘れたのか、俺のことを蛇だの蝶々だの言いやがって。こちとら誇り高き妖精竜(フェアリードラゴン)様だ。まあ、あまりにも個体数が少ないので、人間族でも知っている者は少ないだろう。普通ならこのエメラルドグリーンの輝く鱗と、色彩豊かなこの羽根のミスマッチに感動するところだろうが。人間族の幼女は、衝突のショックから我に返ったのか、大声で泣き始めた。 『おいおい、何泣いてんだよ?』 「ままが、・・・ままが・・・うぇぇぇぇぇぇん!」 『なんだ? 母親が死んだのか。』 「・・・うん。・・・あたし、ひとりぼっち・・・」 『そうか。俺といっしょだな。』 「・・・え?」 『故郷の森を焼かれちまってな。仲間も逃げ延びるのに失敗したみたいだしな。』 「かじ?」 『いや、魔神が襲ってきた。そいつは炎を操る奴でな。住んでた森が灰になった上に、森のあった妖精郷が消滅しちまった。』 「なんで?」 『俺が知るかよ。だがな、いずれ奴を見つけてぶっ飛ばしてやる。』 「・・・ひとりぼっち・・・なの?」 『・・・そうだな。お前と同じだな。』 人間族の幼女は同じ境遇と知ったのか、黙り込んだ。魔神をぶっとばすといっても、争い事をせずに生きてきた俺にとって、戦うためにはどうすればいいか、まったくわかっていなかった。 「・・・ごほっ、ごほっ」 人間族の幼女がせき込んだ。俺には周囲のエネルギーや生命力といったものを、放出される様々な色彩の粒子として知覚できる能力がある。目を凝らして粒子を知覚してみると、胸のあたりに紫色の粒子が停滞しているのに気づいた。どうやら体内に病気を抱えているらしい。紫色の粒子の流れは、胸を中心に広がりつつあった。これが頭や胴体に充満する前に治療しなければ、おそらく死に至るだろう。他にもあちこちに赤い粒子が見える。服で見えないが、いろいろと怪我をしているようだ。 俺はしばらく考えた。周囲には多数の人間族の大人たちがうろうろしているが、その幼女はともかく、俺が見えているものはいないようだ。だとすれば、この幼女は普通の人間族とは違うということになる。そこで森妖精(エルフ)の一人に聞いた話を思い出した。太古の時代。人間族が妖精族とまだ交流を持っていた頃。人間族の中には「妖精眼(グリム・サイト)」と呼ばれる能力を持っているものがいたという。これは姿を隠している妖精を見つけたり、普通の人間には見えない存在を知覚する能力だ。目の前にいる人間族の幼女はどうやらそれらしい。ということは・・・。 『・・・よし、俺がお前に力を貸してやろう。』 「?」 『・・・これからどうやって生きていったらいいかわからないんだろ?』 「・・・うん」 『俺が側にいて、お前を助けてやる。意地汚い連中にも合うだろうが、俺という味方がいつも側にいれば心強いだろ?』 「・・・でも、あたしなんにもできない・・・」 『10年もすればお前も大きくなって、いろいろとできるようになるだろ。その時になったら、逆に俺に力を貸してくれ。』 「・・・ごほっ」 まあいきなり力を貸してやるから力を貸せといっても、信用できるわけがないだろう。俺はここで”とっておき”を出すことにした。目を閉じ、体内の力の流れを制御してから、涙を一滴絞り出す。空気に触れた涙は、すぐに琥珀のような結晶に代わり、落下する。俺は地面に落ちる前に尻尾の先端でその結晶をキャッチした。 『お前、病気にかかっているだろ?』 「・・・ごほっ・・・うん」 俺は尻尾の結晶を幼女に突き出した。 『こいつを飲め。』 「?」 『こいつは”竜の雫”といってな、傷や病気を治す力がある。妖精竜が持つ力の1つだ。他の奴には秘密だぜ。ほれ、受け取れ。』 人間族の幼女がゆっくり差し出した手に、竜の雫を置いてやる。 「・・・あの」 『なんだ?』 「これをのんだら、あたし・・・”まほうしょうじょ”になるの?」 まほう? 魔法のことか? 人間族の幼女から読み取れるイメージがあまりにも漠然としているため、俺は聞き返した。 『・・・”まほうしょうじょ”って何だ?』 「まほうしょうじょっていうのは、ようせいとけいやくしてわるものをやっつける、せいぎのみかた・・・って、くらすのこがいってた。みたことないけど・・・」 声がどんどん小さくなって消える。最後はつぶやくような声だった。この人間族の幼女自身も、その”まほうしょうじょ”やらのことをよく知らないようだった。 『いいから飲んでみろ。お前も妖精とか妖魔の類は見えてるみたいだが、人の具合が悪いところまではかわらんだろ。俺にはお前の胸にある悪い部分が、ゆっくりとお前の命を奪ってきているのが見える。”まほうしょうじょ”にはなれないだろうが、その病気は治せるはずだ。』 「・・・うん。」 人間族の幼女は小さく頷くと、竜の雫を飲み込んだ。体内に取り込まれた竜の雫は、その力を解放し、手始めに病魔となっている紫の粒子を消滅させた。余った力が全身に伝わり、金色の粒子が全身を包んだ。人間族の幼女は目を見開いて、喉に手をやる。次に左腕の袖をめくってみる。そして体のあちこちを触りだす。 「のどがらくになった。・・・けがもなおってる! すごい!」 竜の雫の余った力は、その人間族の幼女の外見にも影響を与えていた。ぼさぼさで洗っていなかった髪が、根本から艶やかさを取り戻し、綺麗な黒髪に変わった。 『力を貸してやると言っただろ。』 「・・・うん、ありがと。」 人間族の幼女は満面の笑みで答えた。 「・・・あ!」 『どうした?』 「きんいろが・・・きえちゃった。」 竜の雫が解放した力が尽きたようで、人間族の幼女から放出されていた金色の粒子が消えた。 『なんだ、その金色の粒子が見えてたのか?』 「?・・・うん。」 この時点で俺は確信していた。俺と同じように粒子を知覚できるほどの妖精眼なら、他の潜在能力も内包しているはずである。かなり時間がかかるだろうが、こいつに力を貸す価値は十分だ。 『そういや名前を言ってなかったな。俺は”フォス”だ。』 「ほす?」 『フォス』 「ふぉす?」 『そうだ。お前の名は?』 「あたしは、あやか。」 『これからよろしくな。』 「・・・うん。」 |