妖精竜の花嫁
〜Fairy dragon's bride〜


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1−3 別れと出会い

Side.アヤカ

 その瞬間は、スローモーションのようだった。歩行者信号が青になり、信号待ちしている人たちが渡り始める。その中でちょっと遅れて母がこちらに向かって渡り出した。しきりにスマートフォンを操作しながら歩いているため、移動は遅く、横断歩道を半分も来たところで歩行者信号が点滅しだした。次の瞬間、猛スピードで突っ込んできた車が、母の姿をかき消した。その車は公園入口のブロック壁に激突。砕け散ったフロントガラスやミラーなどが周囲に散乱した。
 アヤカは茫然としていた。起きたことに思考がついていけてなかった。いや、本当は考えることを放棄したいと思いつつ、非現実的な夢の出来事のように思いたかった。ふと気が付くと、顔半分骸骨の男が、追突した車の方に向かってゆっくりと歩いていた。壁の前まで来た男は、壁に向かって手を伸ばした。その手は水面に差し込むかのように壁に入り込む。無造作に引き抜いたその手には、半透明な人影がつかまれていた。アヤカはその人影が母の幽霊だと直感的に理解した。顔半分骸骨の男が顎がはずれるような角度で口を開き、母の幽霊をゆっくりと飲み込んだ。

 壁に追突した車のドライバーが、車から引きずり出された。頭から血を流しているようだが、生きていた。その横で、顔半分骸骨の男が浮かび上がった。誰もその男を見ていない。浮かび上がった男は、そのまま真っすぐに上昇し、雲に紛れて見えなくなった。

 遠くから救急車のサイレンがが聞こえてきた。アヤカはゆっくりと現実に引き戻されていた。気かづいてくるサイレンの音に、アヤカの鳴き声が混ざる。母は逝ってしまった。あの顔半分骸骨の男は死神だったのだ。擦り切れていたはずの心に孤独感が沸き上がってくる。自分はひとりぼっちになってしまったのだと。頬を伝う涙はどんな意味があるのだろうか。母を失った悲しみ? ひとりぼっちになってしまった孤独感? それとも解放されたことによる安堵感? 泣きながら立ち尽くすアヤカの頭を衝撃が襲った。


Side.フォス

 次元の門を通り抜けた瞬間、門を開く先が間違っていたことに気付いた。消耗していて集中力を欠いていたせいだろうか。次元の門は長時間開いたままにできない代物だった。皆が逃げた別の妖精郷につなげるつもりだったのだが、まったく違う別のところにつないでしまったようだ。

『・・・ぐはっ! なんだこの汚い風は?』

 開いた次元の門の先は空中だった。それも地面からは数百mの上空。そこはひどく空気の汚れた場所だった。眼下には奇妙な構造物が乱立していた。水面のような水晶の板をいくつもはめ込んだ壁を持つ四角岩のようなもの、その大きさは大小様々で、地面を埋め尽くしていた。わずかに木々があるが、その間隔は広く、点々と存在しているだけ。水晶の板をはめ込んだ色とりどりの塊が、汚い空気を尻から吐き出しながら動き回っていた。その塊は蟻といっても過言ではないほど大量に存在していた。

『・・・なんだここは? ・・・・おぅ!!』

 フォスは突然落下し始めていた。妖精竜である彼は、飛行しているのが常。空中を移動することについて意識したことはなかった。しかし、今はうまく飛ぶことができないでいた。

『なっ! うぉ! なんで飛べないぃぃぃぃぃぃぃ?!』

 蝶の羽根を羽ばたき、長い尻尾を振り回すことで態勢を整えようとする。しかし、羽根が思ったような浮力を生み出せなかった。

『こうなったら!』

 あまり回復しているとは言えないが、仲間や妖精たちを逃がした別の妖精郷への次元の門を改めて開こうとした。意識の中で時空間を超えた手探りを行い、目標となる次元世界を掴むイメージを展開する。しかし、手ごたえは空振りに終わった。この状況はどうやら目標とした妖精郷が存在しないことを意味していた。試しに元の妖精郷へ次元の門を開こうとしたが、それも失敗に終わった。愕然としながら、落ち葉のような不規則な軌道で落下し続け、フォスは何かに衝突した。

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