妖精竜の花嫁
〜Fairy dragon's bride〜


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1−2 薄幸の幼女

 小学生になる前のアヤカには、自分の見えているものが他人と異なるということが、なかなか理解できなかった。空中を移動するミミズや魚のようなモノ。都会の雑踏の中、信号待ちしている狼男。角の生えた女性や、直立二足歩行する巨大なカエル。犬が吠える先にいる、這いずる粘液のような黒いモノ。電柱の影に立ち、通行人を眺めている人形のようなモノ。陽だまりに寝そべっている猫に交じっている、骨でできた猫のようなモノ。人通りの無い裏道をふらふらと移動している死体のようなモノ。
 シングルマザーだった母は、アヤカの言動に途中からノイローゼになり、酒を飲むようになり、アヤカに暴力を振るうようになり、やがて育児放棄をするようになった。まともな食事は与えられず、思い出したように食卓に置いてある小銭をコンビニに持っていくことでかろうじて食いつないだ。小学校に通い始めて周囲にその環境が発覚し、指導員が家に立ち寄るも、母親は居留守や裏口から逃げだすなどして躱し続けた。放置されたことにより喘息を患うようになり、せき込むことが多くなった。
 学校から帰る毎に、母は違う男と酒を飲んでいた。知らない大人の男性は、アヤカにとって恐怖の対象でしかなかった。アヤカは必然的に公園でひとりぼっちでいる時間が多くなった。風呂にもろくに入らず、服も古いボロのままのアヤカには、同じ子供であっても近寄ろうとしなかった。母の機嫌がたまにいい時は、公園に迎えにきてくれることもあったが、その後で酒が入ると暴力を振るわれることがあった。親への不信感から心は擦り切れてしまい、無表情で不気味な雰囲気を漂わすようになっていた。

 その日の夕暮れ。アヤカは定位置となっていた公園のベンチにいた。3mほど離れたところには、顔半分が骸骨になっている男が立っていた。その男は他の人には見えないモノのようだった。その男は、何をするでもなく、じっとたたずんでいた。ふとその男が向いている方向を何気なく見ると、スマートフォン片手に信号待ちしている母の姿があった。

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