ログホライズンTRPG私的小説〜ノルンの竪琴〜

1章 貫く牙(ピアシングファング)

 意識が戻って最初に感じたのは、土と森の臭いだった。猛烈な眩暈があり、寝落ちしそうになっていたはずなのに、瞬時に意識が覚醒する。

「・・・臭い・・・だと?」

自分の置かれた状況に驚愕しつつも、肌に感じる風、木々の間から地面に落ちる陽光に目を疑った。ゲーム画面の背景もリアリティを追及した凝ったものだったが、今の状況はどうだ。俺は森の中にいた。ほんの数分前までは、森の中にいる自分のアバターを見ていたはずなのに。
肩にかかる鎧の重さ、腰に下げた剣、左腕を覆う盾。見慣れない視点の高さにちょっとした眩暈を感じつつ、目の前にある手は見慣れたものよりも一回り大きかった。だが、握った拳に入る力はどういうことか、石でも握りつぶせそうな強さを感じた。

「ロコ?」

後ろからした声に振り向く。そこにいたのはぺたんと座り込んだリアンだった。ネイティブアメリカンスタイルのジャケットとスカートにブーツ。銀髪のショートボブには羽根飾りがぶら下がっている。そのルビーのような色の瞳は、眠そうに、気怠そうに俺を見ていた。

「リアン・・・か?」

長年プレイしているゲーム「エルダーテイル」の癖で、とっさに右手で画面をフリックする動きをする。その途端、視界に見慣れたウィンドゥが次々に浮かび上がった。俺は反射的に左右を見まわすが、視界のウィンドゥはすべて追従してくる。キャラクターの名前、種族、職業、レベル、HPとMPのゲージ、所属ギルドの欄は空、そしてリアンの側にも小型のステータスウィンドゥが見えた。名前は「リアン・カルネ」。種族は法儀族。メイン職業は霊媒師(メディウム)。サブ職業は薬師。所属ギルドの欄は空。
ゲームの画面を見ているようで、そうじゃないことがわかる。自分の体重が感じられるが、それ以上に筋力があるという感覚もある。俺は剣を抜いて、その刀身に顔を映した。そこに移っていたのは、自分で作ったアバターそっくりの男の顔だった。

ゲームと現実が混ざったような状況だが、それを吟味することについては、頭の中での優先順位を下げた。見えているHPゲージが自分の体力だとするなら、俺もリアンもMAXに見えるので怪我はしていないと判断できる。森の臭いを嗅ぎ、耳を澄ませながら、森の中を見回した。そして妙に臭いに敏感なのに気付いた。森の中、視界が遮蔽される距離に、何か生き物が多数いることを知覚した。そして知覚強化系のスキルを習得していたことを思い出した。これがゲームと同じような働きをしているとすると、ランダムエンカウントの直前ということになる。リアンはまだ座り込んだままだった。

「立てるか?」
「・・・うん。」

差し出した俺の手に対し、リアンの手は子供のように小さかった。いや、この場合は俺の方が大きいだけと言うべきだろう。今の自分の肉体が、エルダーテイルでのアバターの設定どおりだとするなら、身長は197cm、体重は117kg。壁職に最適な、まさに”壁”という体格だ。妙に自分の視点が高い、そしてリアンが小さく見えることがそれを裏付けている。

「ロコ、これはゲームなの? 現実なの?」
「・・・さあな、なんか混ざっているように見えるが・・・。その話はあとだ。」
「?」

首をかしげるリアン。俺は臭いを感知した方向を指さした。木々の間に緑の肌をした人型のものが多数移動していた。

「ゴブリン?」

リアンのルビーの瞳に緑の色が飛んでいた。俺と同じようにウィンドゥが見えているのだろう。

「数は・・・12。」
リアンが呟く。

「おいおい、そりゃ多すぎるだろ。」
「ロコ。」
「なんだ?」
「発見された。」

ゴブリンの先頭集団のうち、3〜4体が抜刀しながらこちらに向かって突進を開始した。

「・・・Strike of Mirror Spirit!」

リアンの手から光る粒子が飛んだ。粒子は途中でぼんやりと人型となり、先頭のゴブリンを殴るように打ち倒す。コブリンは虹色の泡のような形で分解消滅した。粒子の人型は一瞬留まったかと思うと掻き消えた。

「おいおい、セオリーどおりなら俺が先だろ?」
「うん。でも魔法使ってみたかった。使えたし。」

残りのコブリンは一斉にリアンに向けて突撃してきた。リアンはこんな状況にも拘わらず微笑んでいた。俺は抜刀しながらリアンの前に出る。

「アンカーハウル!!!」

視界に浮かぶスキルリストを見ながら、初手として基本中の基本をやってみた。ゲームの時のように俺の全身が燐光に包まれる。ゴブリン達は一瞬動きを止める。

「かかってきな!!」

俺は剣と盾を打ち合わせ、リアンを背後に隠すように動く。11体のゴブリン達は、一斉に俺に向かってきた。周囲の木を盾に、囲まれないように位置取りしながら迎撃する。

「オーラセイバー!!」

掛け声と同時に刀身が光に包まれる。間合いぎりぎりにいるゴブリンへ一歩踏み出して突きを入れた。ゴブリンは盾でガードするが、こっちの剣はバターを切り裂くように盾ごと貫通した。これは俺が最も得意とするスキル。ダメージは控えめだが、相手の装甲を無視してダメージを与えられる代物だ。これにわざと隙を作ることで打撃力を上昇させるスキルを併用し、ダメージを稼ぐ。俺はこのコンボを「貫く牙」(ピアシングファング)と呼んでいる。剣を突き立てたゴブリンが虹色の泡と化して消滅した。

【解説】

・「Strike of Mirror Spirit」・・・神祇官の「鏡の神呪」です。訳の正確さについてはご容赦を。

目次へ / 2章へ