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Book & Paper(1)見慣れた河川敷の東屋に、絵を描いている人を見かけた。横長に置かれたキャンバスに筆を走らせている。左手に持っている楕円形のパレットの形からすると、描いているのは油絵だろうか。被っているベレー帽から出ている編まれた髪は、その画家が女性であることを物語っている。この距離からでも、彼女の身に着けているエプロンが絵の具で汚れているのがわかる。レアな被写体を探していた僕は、その彼女をフレームに入れたベストアングルを探すことにした。河川敷と僕が今歩いている堤防の間には、ほぼ等間隔に樹が植えられていた。この樹は桜だが、今は夏だ。春ならもっといい写真が取れるだろうと考えた。しかし、樹を通り過ぎた時、そこは瞬時に異様な光景となっていた。 雲1つ無い空、絵を描く女性、風に枝を揺らす堤防の樹、それらは何も変わっていない。一瞬で変化したその異様な光景とは、絵を描く女性の後ろに、いつの間にか奇妙な人物がいることだった。人の形をしているが、どうみても人間ではなく、見た目はロボットのようだった。そしてそれは向こうの景色がうっすらと透けて見える幽霊のような存在だった。 ◆◆◆ 僕の名は「鴻上 裕也(こうがみ ゆうや)」。高校生だ。趣味はカメラ。幼いころに父親が持っていたカメラに興味を持った。そして高校入学祝いに一眼レフのデジタルカメラを貰った。それ以来、休日はいい被写体を求めて散歩するのが日課だ。 ここはS県F市。日本一の山が近くにあるということは、四季を通じてシャッターチャンスに事欠かない。昔から絵の題材とされているだけあって、味のある風景が多い場所。それが僕の住んでいる町だった。 ◆◆◆ ロボットのような”それ”は、絵を描いている女性に手を伸ばそうとしていた。その動作は、捕まえるというよりも、殴りつけるように見えた。 僕は瞬間的に呟いた。 「ネイビー・シールズ!!」 僕の中からもう一人の自分が横にスライドしながら出現する。人の形をしており、首から下はアメリカ海兵隊の兵士のような姿をしている。頭にはベレー帽を被っているが、顔はカメラのような大きなレンズが1つあるだけだ。そのレンズが僕の意思に従ってファインダーを絵を描いている女性に向ける。撮影範囲を縦長に絞りつつ、その女性だけがファインダーに納まるようにピントと位置を瞬時に微調整。ロボットのような奴の手が女性に届く寸前に、僕の「ネイビー・シールズ」は、左手の人差し指付け根にあるシャッターボタンを押した。 「カシャ!」 絵を描いていた女性の姿が消滅する。ロボットのような奴の腕はキャンバスに命中した。次の瞬間、キャンバスは後ろの骨組みごと、剥がれ落ちたカレンダーのようにペランとなりながら倒れた。そこに倒れているのは、キャンバスではなく、キャンバスが書かれている紙のようなものだった。 ロボットのような奴がこちらを向いた。 「・・・イマ、ジャマシタノハオマエカ!!」 ”スタンド”。僕のネイビー・シールズのように、幽霊のように出現して操ることができるものを、そうと呼ぶらしい。目の前にいるロボットのようなものも、間違いなくスタンドだ。僕がそうであるように、スタンドは誰かが操っているものだ。近くにそれらしいものが居ないということは、このロボットのようなスタンドは、離れて行動できるタイプらしい。 僕はそのスタンドの足元を見た。そこには紙のようになっているキャンバスが落ちている。そのロボットのようなスタンドが触れた瞬間、そのようになったということは、これがそいつの能力なのだろう。 スタンドには不思議な能力が備わっている。僕のネイビー・シールズの場合、頭部のカメラで被写体を取り込み、前腕にあるスリットから写真として印刷できるという能力を持つ。この写真は、僕の意思で解除することで、被写体を元に戻すことが可能だ。 物体を紙のようにする能力と物体を写真に変換する能力。目の前にいるロボットのようなスタンドと僕のスタンドの能力はよく似ていると思った。それだけに、そのロボットのようなスタンドがやろうとしていたのは、誘拐ではないかと推測した。 数秒間のにらみ合いの後、そのロボットのようなスタンドは、「チィ!」と舌打ちするような声を発した後、東屋のベンチの下へもぐりこんだ。あわてて東屋に近づき、ベンチの下を覗き込むが、そこには何も無かった。周囲を見回しても誰も居ない。 「逃げた・・・のか?」 |
Book & Paper(2)周囲に誰も居ないことを確認してから、僕はネイビー・シールズを出現させた。ネイビー・シールズが右腕を胸の前に水平になるように持ってきて、どこぞの軍隊の敬礼のような姿勢を取る。 「印刷!」 僕が命じると、ネイビー・シールズの右前腕にあるスリットから、1枚の写真がスルスルと出てくる。それには絵を描いていた女性の後姿が写っていた。ネイビー・シールズが、その写真を地面に貼り付ける。 「現像!」 ネイビー・シールズが地面に置いた写真に触れると、それは内側から膨れ上がり、ほぼ一瞬で写真の中身が実体となる。・・・現れた人物は、かなり小柄だった。その少女は筆を何も無い空中に振るった。 「え?」 少女が一言発して動きを止める。瞬間的に写真に変換したせいで、彼女の記憶は絵を描いている途中で止まっているのだ。さて、彼女にどう説明しようか? 「・・・」 少女はゆっくりと周囲を見回した。ぐるっと回って最後に僕の方を向く。 「えっと・・・」 彼女はじーっと僕を見る。おそらく攻撃されていたのだろうし、咄嗟に助けたのは別に悪いことじゃない。しかし、どういうことが起きているのか説明するにはどうしたらいいだろうか? 「・・・」 「・・・」 お互い口ごもったまま、微妙な空気が流れた。どう説明しようか考えているとき、僕は彼女の瞳が一瞬、僕から反れたことに気づいた。写真を撮っていると、動物が人間の瞳を見て動いていることを痛感したことがある。おそらく自分が見られていることを、人間の目の光の反射で気づいているのだろう。だから彼女の視線が反れた瞬間、背後に異様な気配を感じ、反射的に振り向いた。 「!!!」 そこには先ほど消えたロボットのようなスタンドがいた。何故背後にいるのか、その考えをめぐらせる余裕は無かった。そのロボットのようなスタンドは、ボカボカと連続で拳を叩き込んできた。 「ヒャハー!!」 ロボットのようなスタンドが狂ったような声を上げて迫る。僕は反射的にネイビー・シールズを出現させると、連続で殴ってくる拳を裁かせた。ネイビー・シールズはそれなりにスピードがある。難なく攻撃を防ぎきると、相手は以外にも間合いをとった。 「チィ、アサイナ。」 ロボットのようなスタンドがつぶやく。 パチン、パチン・・・ 手に妙な違和感があった。見るとネイビー・シールズの前腕が両方とも、紙のようにペラペラになっており、垂れ下がっていた。スタンドへの攻撃は本体へも反映される。同様に、僕の前腕も両方とも紙のようにペラペラになっていた。そんな手では物を持つことはできず、手にしたカメラはストラップで首からぶら下がっている状態になった。 「ソンナ手ジャモウナニモデキマイ? オマエカラ畳ンデヤル!!!」 ロボットのようなスタンドは、空けた間合いを一気に詰めてきた。まずい、今のネイビー・シールズではさっきのような連続攻撃を防御しきれない。ネイビー・シールズの写真に変換する能力が使えれば一瞬で逆転できるが、手が動かないことには左手のシャッターを押すことができない。つまり、今は絶望的な状況だった。そのロボットのようなスタンドが狙っているのは、間違いなく背後にいる彼女だろう。僕はそれを妨害したため、先に攻撃されているに過ぎない。 ・・・だがしかし、僕はまったく諦めてはいなかった。カメラを趣味にしているせいか、一瞬のチャンスも逃さずに行動するように心がけている。ネイビー・シールズは人型のスタンドだ。手がダメでも足で攻撃することはできる。 「クタバレ!!!」 ロボットのようなスタンドが先ほどと同じ連続攻撃を仕掛けてきた。僕が攻撃目標のはずだ。横にステップして蹴りをカウンターで叩き込む作戦で、攻撃をできるだけひきつける。 「インフィニット・・・ペインター」 僕の背後で小さなつぶやき声が聞こえ、突進してきたロボットのようなスタンドの姿が、イカ墨でも掛けられたかのように突然、真っ黒になった。 「ウォォォ!! メ、メガァ!!」 ロボットのようなスタンドがバランスを崩し、その攻撃は僕を反れる。そいつは真っ黒になった顔をごしごしとこすった。だが、その黒は全く拭えなかった。 「ネイビー・シールズ!!!」 想定していた流れとは違うが、このチャンスは逃さない。予定どおり、ネイビー・シールズの蹴りを相手に叩き込む。 「ウボゥァァァァ!!」 ロボットのようなスタンドが吹き飛ぶ。蹴りがしっかり入った手応え(今は足応えか?)がある。そいつは地面を転がって砂埃を上げながら、堤防の植え込みに衝突した。 しゅるるるぅぅぅぅぅ、パチン!! 奇妙な音がすると同時に、ロボットのようなスタンドが消えうせた。 ◆◆◆ 改めて僕は少女を見た。彼女の側には、ベレー帽を被った細身のデッサン人形のようなものが立っていた。どう見てもスタンドだ。僕は彼女が視線をそらした理由に納得がいった。彼女のスタンドに妙な親近感を覚えつつ、僕はネイビー・シールズを引っ込めた。 しばらくして、パチンという音とともに、手が元に戻った。どうやら相手の能力が解除されたらしい。倒した手応えは無いが、追い払うことはできたようだ。同じようにパチンと音がして、ペラペラになっていたキャンバスが元に戻った。 気を取り直して、お互いに自己紹介した。 彼女の名前は「柊 彩(ひいらぎ あや)」。小学生に見えるような小柄な体格だが、高校1年生らしい。通っているのは僕と同じ私立富士学園だった。僕は2年生だから、彼女は後輩ということになる。絵が趣味で、今朝は油絵を描いていたらしい。描いていた絵を見せてもらったが、素人目にも凄く上手だった。壁にかかっていたら、窓だと勘違いしそうなほど、よく描けていた。 ”スタンド使いとスタンド使いは引かれあう”という。その時の僕はそんな言葉は知らなかったが、いくつもの奇妙な共通点が、僕の頭の中で渦巻いていた。そしてこれが、世間を騒がせている失踪事件に繋がっていくということを、その時の僕は知るよしもなかった。 |
Book & Paper(3)(執筆中) |
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